第47話 酒と競馬

スタンドの片隅、缶をプシュッと開ける音が、今日の戦いの始まりを告げた

「よぉし……頼むぞ」

ス〇ゼロを片手に、競馬新聞をもう一度広げる

朝からの馬券はことごとく外れた。

三連単は夢のまた夢、単勝ですら引っかからない。

負けが積もるたび、缶は空になり、ゴミ箱の底には銀色の山が積み重なる。

「何やってんだか……」

そう呟きながらも、次のレースが始まれば立ち上がり、

声を張り上げる自分がいる

隣のおじさんが苦笑いしながら言った。

「兄ちゃん、もうやめとけ」

「いや、まだ最終がある」

そんな会話を交わしながら、二人して缶を掲げた

競馬場の夕暮れは、酒の味を濃くする。

――最終レース

財布には、くしゃくしゃになった千円札が一枚

今日一日、何度も裏切られてきた新聞を、酔った目でにらみつける

「どうせ当たらねぇ……でも、ここでやめたら、今日が全部無駄になる」

千円を握りしめ、券売機に突っ込む

ゲートが開いた瞬間、心臓が跳ねた

スタート直後、選んだ馬は後方のまま

「やっぱりダメか……」

頭を抱えかけたその時、直線に入った馬が外から一気に伸びてくる。

酔いも忘れ、声が喉から飛び出す。

「いけぇぇぇぇ!」

歓声と砂煙の中、ゴール前で差し切った。

電光掲示板が光り、数字が並ぶ

その中に、自分の買った番号があった

息が止まる

次の瞬間、膝が震えた

「……やった、やったぞ」

隣のおじさんと抱き合い、涙が出そうになった

負けを全部取り返したわけじゃない

でも、この瞬間のために、今日一日があった

いや、競馬を続けている理由そのものが、この「たった一度」にあるのだ。


帰り道、夜風が冷たい

財布は少し膨らみ、手にはまた新しいス〇ゼロ

歩きながら、思わず笑みがこぼれる

「これだから競馬はやめられない……あと、酒もな」

そう呟いた声が、静かな夜道に響いた

負けても勝っても、人生は続く

けれど酒と競馬があれば、また明日を笑える気がした。

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