第44話 飛越の先に、光がある

秋の風はどこか澄んでいて、切なくて、そして優しかった

校庭の隅に立つ僕は、また一人で空を見上げていた

運動会ではビリ。テストでは赤点。友達の輪にも入れず、クラスで笑いものになるのはいつも僕だった

「どうせ僕なんか」

その言葉が口癖になりかけていた

ある日、父に連れられて訪れたのは、小高い丘の上に広がる競馬場

そこでは、僕が今まで見たこともない種類のレースが始まろうとしていた

コースには柵があり、丘があり、深い谷のような起伏が連なっていた。

「障害レースっていうんだ」

父が言った

ゲートが開くと、馬たちは一斉に駆け出した

中でもひときわ地味な鹿毛の馬が、観客の視線を集めていた

派手な勝利の経験などほとんどないと聞かされたその馬は、最初こそ大人しく群れの中にいた

だが最初の障害に差しかかると──

軽やかに宙を舞い、秋の光を受けながら、見事に飛び越えた。

観客がどよめいた

そして、次の障害も、その次も

ただ走るだけでは輝けなかった馬が、飛越を重ねるごとに別の存在に変わっていく

目は凛と輝き、耳はピンと立ち、体はまるで風の一部になったようだった。

「……あの馬、前は負けてばかりだったんだよ」

父の声が僕の耳に届く

「でも障害に出てから、まるで別馬になった。

きっと、居場所を見つけたんだ」

その言葉が、僕の胸に突き刺さった。


ゴール板を駆け抜けるとき、鹿毛の馬の周りには温かな拍手が溢れていた。

観客の誰もが、その馬を“王者”と呼んでいた。

かつては誰も気に留めなかった存在が、いまや揺るぎない主役になっていた。

「負けていた時間は、無駄じゃなかったんだ」

そう思った瞬間、僕の目に涙が溢れた。


家に帰る道すがら、枯葉が足元を舞った

僕は父にぽつりと聞いた

「僕も……見つけられるかな。僕だけの障害を」

父は笑って、僕の肩を軽く叩いた

「見つかるさ。きっと。飛び越えられる場所が、必ずある」


その言葉に背中を押され、僕は翌週、美術部の扉を叩いた

走るのは苦手でも、絵を描くのは好きだった

教室に入ると、窓の外には秋の夕陽が広がっていた

真っ赤な光は、あの鹿毛の馬が飛越した瞬間の輝きと重なって見えた。

僕はそっと鉛筆を握った

──僕にもきっとある

負け続けた時間が無駄にならない、僕だけの舞台が

秋の風は静かに頬を撫で、どこか遠くから蹄音が響いてくるように思えた

それは、飛越の先に待つ光へ導く音だった

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