第4話 それでも、走る!わたしは負けない!
この世界では――勝つことがすべてだ。
スタートで先に出て、誰より速くゴールする。
それが競馬。
勝ち続ける者が賞賛され、
勝てない者は、静かに忘れられていく。
けれど、そんな世界の片隅に、
一度も勝てなかったわたしがいる。
わたしは、小さな牧場で生まれた。
四国の南、山と海に囲まれた静かな町。
父は、中央で名を馳せた快速馬。
母は、地方で細く長く走っていた牝馬。
血統の煌びやかさはないけれど、
わたしは、生まれたその日からまっすぐだった。
「この仔は……ちょっと足りないかもしれんな」
育成牧場でそう言われたのを、わたしは覚えていない。
でも、初めてコースで風を切ったあの日の感覚は、
今でも胸に焼きついている。
風が、体の内側を貫く。
走ることが、わたしをわたしにしてくれる気がした。
やがて、わたしは地方の南の競馬場――
海に近くて、屋台のにおいが立ちこめる、あたたかな場所へやってきた。
そこは、時代の波に押されていた。
客足は遠のき、赤字にあえぎ、
「次で終わりかもしれない」
そんな声すら聞こえていた。
けれど、わたしは知らなかった。
ただ、走りたかった。
そして――負け続けた。
最初のレース。
2着馬に、10馬身以上ちぎられた。
次のレースも、その次も。
気づけば、10連敗、20連敗。
何十回と走っても、勝ちは一度もなかった。
記者が書いた。
「絶望的なレースぶり」「勝利の可能性は限りなく低い」
けれど、それでもわたしは走るたびに――
スタンドの声援が、少しずつ増えていった。
「今日も走るの?」
「勝てないのに、出るの?」
「いや、あの子は“負けない”んだよ」
いつからか、人々はわたしを見に来るようになった。
ピンクのゼッケン、カラフルなハチマキ、応援のぬいぐるみ。
大きなレースでもなんでもない、
たった1レースに、笑顔が集まっていた。
誰かが言った。
「この子が走る姿を見ると、なぜか元気が出るんだよね」
そうかもしれない。
勝てないわたしが、毎回まっすぐに走る。
前の馬を追い、ゴール板を目指して懸命に脚を動かす。
それは、この世界の当たり前と、ちょっとだけ違う“勝ち方”なのかもしれない。
ある日、競馬場の運営が続くことになったと聞いた。
「わたしのおかげだって、みんなが言ってるんだよ」
厩舎のお兄さんが、そう笑った。
でも、わたしは首を振った。
そんなつもりじゃなかった。
ただ、わたしは――走りたかっただけ。
勝たなくてもいい。
だけど、負けたって、走ることはやめない。
今も、どこかでわたしの記録は語られているらしい。
「一度も勝たなかった馬」
「でも、一度も心を折らなかった馬」
それでいい。
それが、わたしの競馬。
わたしの人生。
だから、今日も、こう言いたい。
「わたしは、負けてなんかいないよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます