第10話 山賊の罠

ロギウム村は言うまでもなく田舎だ。

木々の伐採と運搬が主要産業であり、自給自足出来る程度には田畑も作られている。


鉱山の一つでもあれば、こんな僻地であっても発展するのだろうが、残念ながら無い。

大地が隆起している様子は、神話の時代の戦闘痕跡による凸凹だ。どれだけ調べても土しか無い。


森は動物やモンスターの生息地であり、狩人の活躍できる舞台だ。

最近はこの付近に生物が近づいて来ないため苦労しているようだ。


位置としては東方文化と西方文化の中間ではあるものの、交易路からは外れている。

北方にはかつて強大な魔王がいたらしいが、勇者と壮絶な相打ちの果てに更地となった。

南方にある王都との連絡が生命線だ。


なにが言いたいのかというと、このロギウム村は平和であり、多くの人が退屈している。

そのため、村人から「戦っている場面を中継して欲しい」と言われた。


遊びじゃないんだぞと一度は否定したが、リタからも頼まれた。

裏でひっそりと賭けもしているため、完全拒否は恨まれることになると。


魔王で賭けるな。

村人は知らないんだろうが、さすがに呑気すぎる。

あと羨ましいから私にも賭けさせろ。


「よく来た、山賊」


私は魔王と名乗らず、ただそう告げた。

もうすでに音声はオンにした。

背後の球体が、私と演劇集団の様子をリアルタイムで村の公民館にて上映している。


「ふっふっふ、くっくっく、へっへっっへぇえ……!」


丘上の山賊は片手で顔を覆い、妙な含み笑いをしていた。

帰っていいか?


「山賊? 違う! オレは、オレの名前はラプトル! オレがオレにそう名付けた! オレはルールなんかに囚われない! そう、だってオレだから! 羨ましいか!」

「いや、別に」


ラプトルとは強奪とか力付くで取るとか、そういう意味の単語だ。


「羨ましがれ! オレ、ラプトル様! すげえ偉大! だって名前がある! すげえだろ!」

「あー、うん、すごいすごい」

「だろ? だろ? な!」

「要件は何だ」

「えー、なんか冷たくね?」

「いつから私達は友達になった」


温かみのある適切なツッコミを期待するな。


「ふ――」


ラプトルは無意味に格好つけて笑った。

客観的には血まみれで死体らしきものを槍先に突き刺しながらの酷い光景だが、現実には精一杯の背伸びでしかない。


「顔を突き合わせてお話をしたなら、もうダチだ! 違うか!」

「オマエ、この村を襲いに来た集団だよな?」


今すぐ火炎呪文で薙ぎ払いたい。


「オレの要求はただ一つだぁ!」


早口でラプトルは言った。


「なんだ?」

「食い物をよこせ」

「ん?」

「金目のものとか渡されても困るからな! 換金とかすげえ面倒なんだよアレ! 食いもんだ! とにかく食えるもの! あったかいパンとかスープ!!」


この丘上でひどく切羽詰まった様子のやつは、山賊のはずだった。

力付くで奪う存在だ。


「あー、とだ……」


その様子を見る。

手足は細く、やけに痩せていた。

背後に陣取るモンスターたちも、よく見ればガリガリだ。


「……腹が、減っているのか?」


無数の疑問が頭の中でぐるぐると巡った末に、そんな単純な質問が出た。


「ああ!? んなわけないだろうが! 部下もオレもお腹ぺこぺこで倒れそうとかそんなわけがねえ! オレだぞオレ! ラプトル様だぞ!?」


そういえば、山賊であるとすら自称していなかったな、こいつ。


しかも、丘の上から演説を始めた。奇襲の機会を放り捨てて、目立つことを優先した。

これはつまり、そもそも襲う気が無かった……?


背後の雑魚はともかく、先頭に立つのは元町魔王だ。

他で同じことをした場合、食料を渡すだけで追い払う対応はあり得る。つまり――


「オマエ、脅すだけで本当に襲撃したことって一度もないのか?」

「ンなわけねええだろうがよぉおお!!!???!!!!!」


どう見ても図星を指された慌て方だった。

血糊や胴体のハリボテを見せつけ連戦連勝を主張するが、慌てれば慌てるほど嘘っぽい。


「――」


さて、マズい。

なにがマズいって、これを見ている村人たちの反応だ。


確認した限り、上映風景は最初こそ興奮した様子だったが、今となってはすっかり同情的かつ面白を見る雰囲気だ。

村人にすら、その偽装はバレバレだった。


特に悪ぶって笑いながらもふらふらとひもじそうにお腹を抑える部下の様子が同情に拍車をかけた。

何人かの御婦人方が差し入れをしようとか言ってる。


特にサビーナ夫妻が熱心に説いていた。

リタのことを完全に棚上げにした善意だった。


すでにもう、戦闘を見る雰囲気では無くなった。

問答無用で彼らを虐殺すれば、村人から「勇者のお付き失格」の烙印を押されかねないほどだ。


「……」


私の目的は、勇者が関わらない形で敵を倒し、実力を上げることだった。

だが、倒せば経験値の代わりに村人からの信頼を失う。


こいつらは襲撃者であり、山賊であることに変わりはない。

そのはずだというのに、どうして撃退してはいけないような雰囲気になっているのか。


「……分析(アナライズ)」


私はこっそりと、強度を上げた看破を行った。

倒す価値の確認のためだ。


ぱりん、と画面が割れた。


裏から本当の数値が表れた。

偽装スキルが、べろりと剥がれた。


「お前……元村魔王かよ……」


ハッタリだけで世の中を渡るタイプの山賊がそこにいた。


「お、お、なんだ? オレの要求を呑む気になったかァ!」


看破されたことにも気づいていない。


『魔王様?』

「くっそ……」


球体からの念話に、絞り出すようにそう返す。

こいつらを倒すメリットがない。本当に何もない。だが、放置するわけにもいかない。


『仮にこの連中に食料を与えて追い返せばどうなる?』

『……また来るでしょうね』

『現在、村の食糧事情は悪くない。何度かこの面白集団に食事を与えることは、そこまでの損ではない、だが――』


状況が悪かった。

現在のロギウム村は割と有名だ。

村規模に見合わぬ実力があるとバレている。


ここに、「弱い敵だったら倒さずメシをくれる」という噂を足せばどうなるか。


甘い敵だと、判断する。

少なくとも私であればそう考える。

豊かで油断しまくっている、いい獲物であると。


コイツ等のような面白演劇集団ではない、本物の山賊の厄介さを私は知っている。

奴らはハイエナだ。プライドもなければ行儀の良さもなく、楽に貪ることだけを求める。


ここでメシを与えれば、村人に不要の被害が出かねない。


だが、だからといって倒すわけにもいかない。

それをやれば私の評判が致命的だ。


もともと、村勇者のパーティメンバーという立場は不安定なものだ。

ご近所の評判が悪ければ外される。


「くそ……」


どうしてこんなことで追い込まれなきゃならない。


「フハハハ! オレの実力はかの魔神王だってちょっとは知っているかもしれないレベル! だってお目通りにかなったような雰囲気があったからっ! ……マジで3日くらい野草とかしか食ってねえからちょっと分けてくんね……?」

「子犬みたいな目をこっちに向けるな……!」


罠でも力でも毒でもなく、こいつらの弱さこそが脅威だった。

その弱さで、村人の心を掴みつつある。


『魔王様』

『なんだ』

『現在公民館にいる勇者から、斬る? と尋ねられましたが、どのように返答すればいいですか?』

『このクエストは私のものだと伝えろ』


さらにヤバさが乗った。

下手に時間をかけたら勇者が惨殺を開始する。


ある意味、私以上にやばい。

虐殺ホラーショーの上映だ。


私と違い解雇されることはないが、村人との間に決定的な溝ができる。


倒せば私の破滅。

施せば村の被害。

時間をかければ勇者と村人の間に不和発生。


なんだこの詰み状況は。


手加減した攻撃で追い返すか?

いや、ラプトルはステータスを偽装した、配下となるモンスターも偽装していないか?

弱いと思えたそれすら上乗せされたものだとしたら、最弱魔法攻撃でも死にかねない。


「……本当に、大損だ……」


考えに考えた末に――私は、システムを立ち上げた。

それは、この「敵」を滅ぼすための手段の構築だった。

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