第9話 山賊の錯誤

「おかえりなさいませ、魔王様」

「かえりー」


勇者から許可をもらい、さっそく魔王城へと引き返した。

詳しい情報がなければ作戦の立てようもない。


「敵は――予想はしていたが山賊か……」


部屋内では邪魔なものを取っ払い、大きな机を中央に出現させていた。

光線で3次元的な図形を描き、リアルタイムで情報を更新する。


「規模はそれなりに大きいな」

「はい、ロギウム村であれば、通常は簡単に滅ぼせます」

「普段は主要街道にいるような輩か」

「王都へと続くアウスタ街道を根城としていたようです」


地図上に、多くの点がまとまり接近していた。

隠れ潜んで接近しているつもりのようだが、魔王の目からは逃れられない。


あの呪い人形以降、更に入念に対モンスターの警戒網を構築した。


「あの、いっすか」

「なんだリタ」

「山賊ってことは、敵は人間っすか?」


思わず球体と向き合った。


「おい?」

「魔王様が所蔵している書籍、様々な専門分野を網羅していますが一般常識はまるっと抜けてますよ?」


迂闊だった。

必要だったのは一般教科の本だった。


「あの……?」

「いや、こちらの責任だ」

「ええ、魔王様の手抜かりですね」

「また破損させるぞ球体、オマエも報告しなかっただろうが」

「球体に人の常識が理解できるとお思いですか?」


くるくると韜晦するように揺れる球体を睨むが、効果はなかった。

私はため息をついて頭を掻く。


「……山賊は人間の場合も確かにあるが、それはかなり希少だ。高地に生息する希少植物アタランテよりも珍しい」

「そうなんすか?」

「モンスターが跋扈する中を、たかが人間集団が生きて行けるはずがないだろう?」


それが可能であれば冒険者として暮らせる。

モンスターが落とすドロップアイテムだけでウハウハだ。


「山賊とは、魔王だ」

「え?」

「より正確に言うのであれば、零落した魔王のことを指しますね」

「零落……?」

「落ちぶれた、ドロップアウトした、ってことだ」

「つまり、魔王様の先々の姿です」

「存在しない幻を見る機能をオマエにつけた覚えはないが」

「……いまだにあの勇者に本気で勝つつもりの魔王様のことを、ときどき尊敬します」


いつでも尊敬しろ。

困惑するリタに向き直った。


「……村勇者と村魔王が戦い、勝った方が昇格を果たす、ここまではいいか?」


勝ってその存在としての格を上げる。

これは勇者だけではなく魔王も同様だ。

トーナメントのように格を上げる戦いを続け、その果ては神すら超えると言われているが、さすがに眉唾だ。


「それは、まあ、知ってるっす」

「この勝利は、必ずしも殺傷を意味しない」

「そうなんすか?」

「ああ、互いを勇者と魔王と認識し、敗北を認めさせればいいだけだ」


あまり広く知られてはいない。

勝った方はトドメを刺さなかったことを喧伝せず、負けた方もわざわざ吹聴しない。


「だが敗北した魔王は、もはや魔王ではない」


この辺りは、勇者と似たようなものだ。

守るべき村を無くせば勇者は勇者ではなくなる。

同様に、敗北した魔王も、もはや魔王ではいられない。


「かといって、野良モンスターというわけにもいかない」


魔王とモンスターは種族が異なる。

その線引が変わることはない。


「だからこそ、零落した魔王は放浪する。拠点となる場所から追い出され、仕方なしに周囲をうろつく。野良モンスターを引き連れ戦力とし、気ままに襲う勢力と化すこともある」

「ええと、つまり?」

「山賊とは、ダンジョンや拠点を持たない魔王だ」


地図上の集団を示した。


「そうして、大抵は再び魔王となることを夢見る。人間にとってはもちろん、私のような魔王にとっても山賊は敵だ」


こちらの地位を奪おうとする外敵だ。


「こいつらは、この村を奪いに来た」


このロギウム村を、わざわざ狙った。

苛つきながらも口角は上がる。


「元は町魔王だろうな。いまさら村魔王などにはなりたくない輩だ。だが、町勇者と魔王を相手取るほどの覚悟もなければ戦力もない。そうしている内に「少しは名のしれた村」の噂を聞いた」


ちょうどいい獲物として、この村を扱った。

死ぬほど舐めたことをしてくれた。


「本来、これは村勇者と村魔王が協力して当たるべき事態だ」


山賊は万人にとっての敵だ。


「え、大丈夫なんすか?」

「平気だ」

「ええと……?」

「私も、この山賊と同じことをする」


弱すぎず強すぎず、実に手頃だ。


「あの勇者を倒すための糧としてやる」


たかが野良魔王に、この村をくれてやるものか――




  + + +




……こうした意気込みが、見当外れだったとは思わない。

状況からみて妥当な推論だ。


敵は山賊であり野良モンスターを引き連れている。

これも正しかった。


元町魔王だというのも合っている。

それ相応の実力がある。


外れていた推理は、ただ一つ。

その山賊が村近くの小高い丘で、高笑いしていることだ。


「くっはっはっはっはぁ! オレが来たからにはもぉうオシマイだぁ……! この村は絶望と後悔とイヤンもうヤダだぁに包まれる! なんて素敵なマイライフ! 物語暗転で次の場面は焼け野原! そう、これ見てこれ! オレがやった殺戮を見てぇ!」


演説だかなんだかわからない言葉を吠えている。

長い槍を持ち、その穂先には頭部と四肢を切り落とした人間の体らしきものが突き刺さる。


その様子だけを見れば、その光景だけを素直に受け取れば、望んだ通りの敵だった。


「なあ……」

「……なんですか、魔王様」

「リタの奴をここに連れてこなくて良かったな……」

「ええ、色々と教育に悪そうです」


私と球体は隠形呪で潜み、見聞きしていた。


笑って吠える山賊は、おそらく肉弾戦タイプだ。


その体は血まみれであり、その配下もまたそうだった。

いくつもの手足や頭を掲げるようにしながら、山賊親分の演説を応援している。


「なあ」

「はい」

「これは、私が悪かったのか?」

「いえ、おそらくこちらの探査が甘かったのでしょう」


私と球体は大敗北直後のように暗かった。

調査不足がここまで響くことになるとは思わなかった。


眉間をほぐし、痛む頭をどうにか鎮めようとする。


「恐怖とはオレ! オレこそが恐怖! だってなんだか怖いから! さあ、殺戮のオシマイの夜のはじまりだぁ……!」


ぶんぶんと槍を振っている。

突き刺さった体も揺れている。


「……現時刻は昼だ、夜まで待つつもりかあの山賊」

「文句はもっと大声で言いましょう、この距離では聞こえませんよ」

「騒がしすぎて向こうのは聞こえるがな」

「声量すごいですね」


非常に意気軒昂だった。


「なあ」

「はい」

「ひょっとしてなんだが、あの槍とか血は、見せつけているのか?」

「そうでしょうね」


山賊の背後では、その部下たちが笑いを唱和させていた。


「まあ、うん、なんだ?」


球体はぐるりとその場で回り、困惑と逡巡を表した。

私としてもこの現実を直視しがたい。


「あの演劇集団、今から倒しにいかなきゃ駄目か?」

「期待外れも甚だしいですが、そうしなければならないでしょうね、魔王様」


槍に刺さっている体はどう見てもハリボテだった。

ついている血は変色せずに赤々としている、確実にペンキか血糊の類だ。


殺戮を終えたばかりの山賊ではなく、殺戮を終えたばかりの雰囲気を演じている集団だった。


「なんであんなことをしている?」

「おそらく、ひょっとしたら、まさかとは思いますが、脅すためではないでしょうか」

「強くて残虐だとアピールし、こちらに白旗を上げさせる、そのような意味で言っているか?」

「はい」

「はい、じゃねえよ……」

「ですが他にありますか?」


さらに頭が傷んだ。


「私は、あんなものに騙される馬鹿だと思われているのか……?」

「彼らはとても必死な様子です、裏のある計画ではないでしょう」

「いや、待て、希望を捨てるな。あいつらは戦力として不自然だ、引き連れているモンスターがやけに弱い。つまり主戦力ではなく――」

「どれほど念入りに探査しても、他の戦力は存在しませんでした」


陽動作戦ですらなかった。


「脅迫に全力上げすぎだろ、あの面白集団」


こちらが何の反応もせず、聞き流し続けたせいか、山賊は涙目になった。


「見、見てんだろぉ! オレ怖いだろうが! 恐怖だろうが! い、いますぐ謝れば許してやるぜぇ!?」


不安そうにあちこちを見渡した。


「……何もしてないのに、なぜ勝手に私がイジメたような雰囲気になっているんだ……?」

「魔王様がテンポよく反応しないからでしょうね」

「それ、本当に私のせいか?」

「頑張って演技しているんです、褒めてあげなきゃいけません」

「それ、村を襲いに来た山賊に対する扱いじゃないよな? お遊戯会で頑張っている幼児に対する扱いだよな?」

「がんば、魔王様」

「うるせえ……」


私はしぶしぶ隠形呪を解いた。

丘上にいる芸人を見上げるような位置で、黒いマントで体を包み現れる。


「!」


ぱあ、っと嬉しそうになった山賊の表情に、私はもう一度隠形呪で消えたくなった。


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