3
とりあえず、あたしたちは壺を起こし、前と同じ状況にした。その必要があったかどうかわからないが、警察が来たとき、発見時と同じ状態の方がいいという幽目宮の一言のせいだ。もっともあのままだとなにかの拍子に、中の血が流れ出して、床にこぼれるかもしれないので、そう考えたら起こす方が正解なのかもしれない。
ラウンジに出ると、とうぜんそこには誰もいない。
「おーい、国友。無事かー?」
榊原が叫ぶ。返事はない。
「おい、返事しろ!」
それでも国友の声は返ってこなかった。
「やばいぞ、こりゃ」
榊原は意味もなく周辺を歩き回る。
「棺の蓋を見てみよう」
あたしは提案した。犯人のルールに則れば、殺された者の入っていた棺は、蓋が壊れているはず。
榊原が階段を走り降りた。あたしもそれに続く。幽目宮もあとを追ってきているようだ。
エントランスホールに行くと、棺の蓋は割れていた。
「うおっ」
榊原が変な声を上げ、上を指さした。
「わわっ」
あたしもつい変な声を上げてしまう。
国友が天井からぶら下がっている。首にロープを掛け、ゆらゆらと揺れながら。ただしかなり上の方にいた。だから一瞬気づかなかったのだ。
両手をだらりと下げ、長い髪が前に垂れ下がり、顔の半分を覆っていたが、そこから覗く目は見開き、今にも飛び出さんばかりだ。口元は苦痛のためか醜くゆがんでいた。ただその胸には今回杭が突き刺さってはいなかったが、いずれにしろ正視に耐えず、すぐに目を背けた。
榊原は三歩ほど後退すると、腰を抜かしたように床にへたり込んだ。
あたしは正直、感覚が麻痺していた。みょうに覚めている。
吊り下げられた国友の足は、床から五メートルほど上がっていて、そんな高い踏み台らしきものはとうぜん近くにない。つまり自殺ではない。
犯人がロープを首に掛け、そのまま引き上げて殺したか、殺したあとロープを掛け吊ったかだ。
ロープは天井でむき出しになった梁に引っかけられたあと、壁付け照明の金物に縛り付けてあった。つまり犯人は一階にいながら、梁に引っかけたロープを引っ張ることで、死体を吊り下げることが可能ってことだ。
これは現実のことなの?
あたしは一連の出来事を根本的に疑った。これは夢ではないのか。ただの悪夢。どんなに現実感を伴っていようとも、あり得ることとは思えない。
首を振った。いやそんなことはない。それはただの現実逃避だ。
「くそっ、誰が、誰がやったんだ!」
榊原が叫ぶ。
それはあたしたちではない誰か。それは確実だ。
あたしたちがガラクタ置き場に入ったとき、国友は生きていた。その後、あたしたちは同じ場所にいた。アリバイは完璧だ。
しかしあたしたちが壺を調べていたのは、せいぜい十分くらいではないのか?
その間にこんなことが可能だろうか?
「犯人はどこにいるの?」
あたしは幽目宮に聞いた。誰ではない、どこだ。
誰かは知らない。だが、この島のどこかに誰かいる。そいつが犯人だ。そいつはどこに隠れている?
「きっと外から来たんだ。今、あそこの浜辺にはボートが着けてあるはず」
榊原はそう言うやいなや、外へ飛び出した。
「ちょ、ま、待って。ひとりで行動しない方が……」
その声は届かなかったらしい。いや、それとも無視されたのか? いずれにしろ、榊原は戻ってこなかった。
「ねえ、いっしょに行った方が……」
「放っておけ。それより犯人は屋敷内のどこかに隠れてる可能性の方が高い」
「屋敷内ってどこに?」
さんざん探したはずではないのか。
「ふむ」
幽目宮はうろうろとあたりを歩き回る。ただし顔は終始にやにやしていた。きっと楽しいんだろう。
そのうち、ろくに足下を見てないせいか、棺に足をぶつけた。
正直、ちょっとざまあみろと思ったが、幽目宮は大げさにリアクションした。なにかすごく驚いたような表情をし、絶句した。
「なに? そんなに痛かったの?」
あたしの一言を無視し、他の棺を蹴っ飛ばす。つづいて隣のも。
謎が大きすぎて、いよいよ頭がおかしくなったのか? あたしは内心、真剣にそう思った。
「あのさ。わからなくてイライラするのはわかるけど、棺に八つ当たりしたって……」
その割には、さっきまで顔は笑ってたけど。
「おい、こっちの棺は蹴れば動く。つまり、床に置いてあるだけだ」
「え?」
「だけど、この棺。最初から誰も入っていなかった棺だけは動かない」
幽目宮は、がしがしとその棺を蹴る。たしかに動かない。
「どういうこと?」
「床に固定されてるんだ」
ん? つまり、どういうこと?
あたしの頭はパンク寸前だ。
「おそらくこの棺は二重底だ。俺もそれを一旦は考えたが、この棺の深さじゃ二重底にしてもたいしたものは隠せないと思った。だが、これが床に固定され、その下がくりぬかれてるとしたら……」
あたしはようやく幽目宮の言いたいことがわかった。つまり、この棺の底をこじ開ければ、そこには人間が隠れるスペース、あるいは秘密の通路の入り口が隠されているかもしれないのだ。
「バールかなんかないか? いや、そんなことをしなくても、開くようになっているはず」
幽目宮は興奮して踊り出した。……いや、飛び跳ねただけか?
そのまま棺の中をのぞき込み、底の板をたたいたり、なで回したりした。
「見ろ。今まで気にもしてなかったが、よく見ると、底板が下から持ち上げられないようにちょっとした出っ張りが横から数カ所出ている。こいつはどうにかすれば引っ込むんじゃないのか?」
実際それは押し込むだけで棺の横側の板に入り込んだ。
「よし、これで底板を押さえ込むものはない。開くはずだ」
幽目宮は必死で底板を外そうとしたが、隙間に指が入らない。
「くそっ、なにか薄くて堅いものはないか? それを隙間につっこんでこじ開ければ取れるはずだ」
「そんなこと言われても……」
あのガラクタ置き場に行けば、なにかあるだろうか? はっきりいってもう入りたくないけれど。
幽目宮は底をひっぱたいたり、体重を片方に掛けたりして、なんとか底板を外した。
「おおっ」
そこはまさに床がくりぬかれ、地下に降りる階段があった。
「行くぞ」
ごくりとつばを飲み込み、幽目宮は言う。
あたしは正直、足がすくんだ。
「早く来いよ」
幽目宮も内心ビビっているのか、途中まで降りると、振り返り、あたしに言う。
怖かったが、中を確認したい気持ちの方が強かった。意を決して階段を降りる。
地下室は薄暗く、床や壁、天井は石造りだった。石といっても表面を磨いた高級感ある仕上げではなく、ざらざらした灰色の、まさに地下牢といった質感だ。
じっさい、そこは牢獄だった。階段を降りてすぐ先には鉄格子で塞がれた部屋があり、中に人間が立っていた。口には猿ぐつわ、両手首は鎖でつながれ、万歳をした状態で壁に固定されている。
「誰だ、おまえ?」
幽目宮の問いに、その男は答えない。当然だ。猿ぐつわをかまされているのだから。
かわりに格子の外を指さした。
そこには古びた小さな机が置かれ、その上に鍵が置いてあった。
牢獄の鍵らしい。
この男はいったい……。
あたしは一瞬迷ったが、その鍵で牢獄の扉を開けた。ついでにその鍵は手首の枷のものを兼用していたらしい。
枷と猿ぐつわを外してやると、男はへたり込み、第一声を上げた。
「ありがとう。君たちは命の恩人だ」
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