第8話 婚姻の儀
その日の夜。
宴が始まる前に、白装束の巫女による祈祷が行われたが、その巫女が
ヒナと矢速は、大王の座る高座の左側に並んで座っていた。
大王
矢速の母――
(
大王のもう一人の妃は、煌びやかな衣を纏った勝気そうな女性だ。その隣にいるのが矢速の異母兄、
「ねぇ、大王様のお妃様は二人なの?」
「いや三人だ。会ったことはないが、父上は
だからみんな不幸になるんだ――そうつぶやいた矢速の言葉を、ヒナは聞き逃さなかった。
(ヤハヤの悪夢の原因は、やっぱりこの辺りの人間関係にあるのかしら?)
夜が深まるにつれて回される酒壺の数が増えゆき、大王の宴もだんだんと岩の里の祭と変わらぬ様相を呈してきた。
その頃になると酒壺を持って席を立つ者も増えたが、矢速と祝いの酒を酌み交わしたい者はあまりいないようだった。
酒の匂いに嫌気が差してきた頃、ヒナは山吹に促されて席を立った。花嫁は先に宮へ戻るものらしい。
山吹に先導され、渡り廊下を歩き始めたところで、不意に後ろから呼び止められた。
「陽菜」
「え……
高殿の外廊下に依利比古の姿を認め、ヒナは驚いて声を上げた。
「まだ父上とは呼んでくれぬのだな?」
酔っているのか
「陽菜……私はね、矢速に計り知れぬほどの苦労をかけた過去がある。だからこそ、幸せになって欲しいと願っている。矢速自身、誰にも言えぬ悩みを抱えているだろう。
「……はい」
依利比古はヒナに微笑みかけると宴に戻っていった。
冷酷だと噂の大王は、ヒナが思っていたよりも矢速のことを気にかけていた。うつむいたまま矢速に話しかけもしなかった
(ううん。矢速の母さまは、きっと心を病んでしまったのね。一体、どんな嫌がらせを受けたのかしら?)
志貴の宮に入ったばかりのヒナには、わからないことが多すぎた。
○○
宮に戻り、
四方を
「こっ……ここで寝るの?」
「さようでございます。何か問題でも?」
「い、いえ。山吹はどこで休むの?」
「私は控えの間で休ませていただきます」
「え……そ、そうなんだ。じゃあ、おやすみなさい!」
ヒナは寝所から山吹を追い出すと、少し考えてから、二つ並んだ寝台を御簾で囲われた空間の端と端へ移動させた。次いで、衣を掛けた
できる限りの配置替えを終えたところへ、同じく夜着に着替えた矢速が御簾を上げて入って来た。
「ヒナ、何してるの?」
「ヤハヤ! ああよかった。ねぇこれどう思う? とりあえず仕切りを入れてみたんだけど、あんたここで寝られる?」
御簾で囲まれた寝所に
「うん。俺は大丈夫だよ。ヒナさえ良ければだけど」
「あたしは何処でも寝られるけどさ……ヤハヤは、旅の間もあんまり眠れなかったじゃない。それって、うなされてるの見られたくないからでしょ? あたしが傍にいたら眠れないんじゃない?」
「ヒナなら平気だよ。悪夢の話も知ってるし」
「そぉ?」
「今日はヒナも疲れただろ? 早く寝よう」
「う、うん」
ヒナの動揺をよそに、矢速は片方の寝台にゴロンと横になる。
矢速が眠れるなら良いかとヒナも寝台に横になったが、なかなか眠れそうにない。
矢速のことは、時たま会う弟のように思っていた。
いつまでも小さくて頼りなかった彼が、別人かと思うほど成長した姿で現れた。それだけでも驚きだったのに、名目だけとはいえ、ヒナは今、彼の妻だ。
(なんか……あたしばっかり意識してるみたいで変な感じ!)
ヒナはゴロンと寝返りを打ち、矢速に背を向けた。
夜のしじまに、どこからともなくホーホーという梟の声が聞こえてくる。
何となく寂しくなったヒナは、小声で「真白?」と呟いた。すると、何処からともなく白い獣が現れて、ヒナの腕の中に滑り込んだ。
「わぁ、来てくれたのね。ありがとう」
白い毛皮に癒やされて、ようやくヒナが微睡みはじめた頃。闇の向こうから、矢速の苦しげな声が聞こえはじめた。
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