この偶然、仕組まれてるにしては地味

ユレ魚

灯。──沈黙のそばで、点っていた者

笑って、死にかけてた



その日も、部活が始まる前の、ゆるい時間だった。

ジャージの襟が少しだけ暑くて、

コンビニで買ったのど飴を、なんとなく口に放り込んだ。


味は覚えていない。

ただの気休め。

口寂しさとか、暇つぶしとか、そういうやつだった。


 


隣には、当時、好意を抱いていた部員がいた。

声が大きいわけじゃないけど、

たまに口角がふわっと上がる感じが、どうしようもなく好きだった。


 


──そのとき、喉が詰まった。


飴が、思ったより早く喉奥に滑り落ちて、

そのまま、止まった。


息が──できない。


 


一瞬でパニックになる……はずだった。


でも、目の前には“あの人”がいた。


 


マズい。

この状況は、マズい。


死にかけているのに、

一番最初に出てきた感情は「バレたくない」だった。


 


せめて、変な顔は見せたくない。

せめて、普通でいたい。


その一心で、

笑った。


 


というか、笑顔を貼り付けた。

ぎこちなかったかもしれない。

けど、必死だった。


「ちょっとトイレ」みたいな空気を醸しながら、

静かに、でも急いで部室を出た。


背筋を伸ばして、普通の足取りで。

でも心臓は、確実に暴れていた。


 


廊下に出て、誰もいないのを確認して──

一か八かで、えずいた。


喉が刺激に反応して、飴がすぽんと跳ね返った。

吸い込んだ空気が、肺を一気に膨らませた。


 


音は出してない。

誰にも見られてない。


はず。


 


呼吸を整えて、

窓を見て、顔色を確認して、

何食わぬ顔で戻った。


部室では、あの人が普通に談笑していた。

こちらには気づいていない様子だった。


それを見たとき、

ようやく、ほんとうに息ができた気がした。


 


死にかけたはずなのに、

真っ先に考えてたのは「気づかれてないかどうか」で。


 


たぶん思春期って、そういう優先順位でできてる。



生死よりも、羞恥のほうがリアルで、

命よりも、体裁が先に来る。


 


“死にかけてた”ことよりも、

“あの人に変な顔を見せなかった”ことのほうが、

今でも、ちょっと誇らしい。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る