第29話 守り切れたモノ
ずっと、暖かな夢を見ていた気がする。
ふと目が覚めた俺は、体を起こそうとして………手足がピクリとも動かないことに気付き、起きようとするのを止めた。
目線を辺りに向けてみれば、ここが何処かの病室であることが分かる。まぁ、この世界には回復魔法があるので、特別な器具なんてものは置いていないのだが。精々包帯や消毒液がある程度だ。
俺以外に、人は居ないらしい。それが無性に悲しくて不安で、今にも崩れ落ちてしまいそうになる。
(俺は、あの二人を守れたのか……?)
もしも二人が死んでしまっていたら……俺は、これから先英雄を目指し続ける自信が無い。遥か格上の強敵と相まみえたとき、俺では何も守れないことの証明になってしまうから……。
「ぁ、あぁあ………」
どうやら、真面に喋ることも難しいようだ。あの時の俺は、間違いなく自分の全てを一撃に込めたからな………正直、今生きているのが不思議なくらいだ。
そうだ、どうして俺は助かったんだろう?
(俺が生きているのなら……あの二人も生きていると考えて、いいのだろうか?)
そんなことを考えている時だった。
ガチャ、と扉が開き、部屋の中に………あの男が中へ入ってきた。
「よお、目ぇ覚めたか?」
「ッ!!」
全身に迸る激痛を度外視して、俺は無理矢理体を動か「やめとけ。今無理したら一生戦えなくなるぞ」せなかった。
男は、俺の体を完璧に押さえつけて見せた。それも、俺の体に負荷がかからないよう、ストンと落ちるように脱力させたのだ。この一瞬だけで、やはり俺はコイツに敵わないんだということが嫌というほど伝わってくる。
「安心しろ。あの二人はちゃーんと生きてるし、目当ての奴と一緒に王都へ旅立った。ほれ、あいつらから預かってる手紙だ。読んでやろうか?」
「…………(コクッ」
「よし、じゃあいくぞ?」
手紙の内容は、以下の通りだった。
『申し訳ありません。本当は目覚めるまで待とうと思っていたのですが、此方の都合により、貴方の目覚めに立ち会うことができませんでした。お許しください。今回の護衛依頼の報酬、並びに命を救っていただいたお礼として、金貨10枚を剣王様にお渡ししています。剣王様を信用することは難しいと存じますが、彼の言葉を信じてあげてください。彼と話をして、私は彼が信用にたる人物であると判断しました。きっと悪いようにはならないでしょう。それと、私はずっと偽名を使っていました。お気づきだったかもしれませんが、そのことについて謝罪をさせてください。私の本当の名前はスフィアブルグ・ハルクステン。困ったときは自由にこの名をお使いください。家紋の入った短剣もお渡しいたしますので、それも活用していただければ。命を救ってもらったせめてものお礼です。本当に、ありがとうございました。またどこかで。』
「ってな感じだな。難しい話はまた追々するからよ、今は体を休めとけ。あの嬢ちゃんの計らいでよ、いい腕を持った回復魔法士を呼び寄せたらしい。あとニ、三日もすれば来るだろうさ。それまで絶対安静にしておけよ?」
そう言って、男は………剣王は、部屋から出ていった。
剣王。確かに、あの出鱈目な強さは剣王と言って差し支えが無い。大いに手加減して放った一撃が森に巨大な道を作り上げ、剣だけでなく体術も群を抜いている………おまけに、真実かどうかは分からないが魔王を四体も屠っていると宣言した。間違いなく、この世界で最強の存在だろう。
羨ましい。素直に、そう思った。
(……………戦えなくなるのは、御免だな)
今だけは、訓練も全部休んで安静にしていよう。
(ふわぁ……眠い。ちょっと寝よ)
俺は、再び夢の中に微睡んでいった。
☆
剣王が言った通り、二日後に回復魔法士がやってきた。
彼は俺の体を丁寧に診察して、回復魔法を掛けて治してくれただけでなくリハビリの仕方なども教えて紙に書いてくれた。本当に感謝しかない。
そして、俺は今剣王と向き合っていた。
「さて、お前が聞きたいことは一つだよな……どうして、俺がお前を助けたのか」
「…………ああ」
この数日間、ずっとそのことについて考えていた。正直、初対面の印象と今の印象が違いすぎて、頭の整理が追い付かない。結局、コイツは何がしたかったんだ?
「お前は、『剣王』って言葉を知ってるか?」
「手紙に、アンタが『剣王』って奴だとは書いてあったけど、『剣王』が何かについては知らないな」
「そうか、なら教えてやるよ」
そう言って、彼は自身の過去について話した。
「俺はな、エルフ族の一人だった。魔法に優れ、自然を愛し、世界樹を守るため森に籠る長命の種族……だがよ、俺はそれらの一つも賛同できなかったんだ。魔法は嫌いだし、自然の何がいいのかわかんねーし、狭い場所に籠り切る意味も分からなかった。俺は、おっきい場所ででけぇことを成し遂げたかった。でも、その考えはあそこでは異端でよ。どいつもこいつも俺のこと蔑んできやがって……だから、俺はそいつらを皆殺しにした」
「ッ!!みな、殺し………」
「ああ。うざかった奴は全員殺した。そして、念願かなって外の世界に出て、剣の修行をただひたすらに繰り返した。つえー奴を求めて、世界中を駆け巡った。でも、数百年が過ぎたぐらいから、俺に敵う奴が居なくなっていた。それでも、俺は自分が強くなることも剣の修行をすることも大好きだったから、そっから二千年も修行しちまったんだ。その結果、ただただ詰まらねー日々が続いてよ……今回勇者を求めたのだって、実際暇だったからってだけだ。俺は歴代の勇者も殺してるからな……正直、興味なんて湧いてなかったよ。でも、そこでお前が現れた」
そうして、彼は俺の方へ向き直った。
「お前は弱かった。今まで戦ってきた化け物の中でも、多分相当下の方だ。平気で山を吹っ飛ばすような連中ばかりだったからよ、お前の魔力量から威圧しただけで倒れるもんだろうと高を括ってた。でも、お前は立ち上がったままで、更には俺の一撃を避けて見せた!正直、お前の身体能力で避けられるとは微塵も思ってなかった。あんときは痺れたぜ」
「そんで、今度は至近距離で攻撃してやってよ、盛大に吹っ飛ばしてやったのに………お前はまだ立ち上がった。ここまでで俺の関心はマックスだった。でも、その後に繰り出したあの一撃……あれで、俺は完全にお前を認めた。簡単に言えば、俺はあの瞬間で自身の負けを認めたんだ」
「負けを……認めた?」
「ああ。ホント、恥ずかしい話ではあるんだがな……お前が誰かを守るために抗い続けたのを見て、柄にもなくかっこいいなって思っちまってよ……そんで、自分の過去を振り返ってさ、俺がどんだけ空虚な人生を送ってきたか、突きつけられているような気がして………だから、決めたんだ」
「……………何を?」
彼はフッと笑って、俺に拳を突き出して、言った。
「俺がお前を鍛えてやる。俺は、お前の誰かを守ろうとする気概に惚れた。ゾッコンだ、お前の頼みなら大体聞いてやるぐらいには気を許してる。だから、お前はその先を見せてくれ。お前が目指す道の先、お前が辿る物語、お前だけの英雄譚を!」
「ッ!!」
不思議と、あれだけ恨みを持って戦って、殺し合いまでしてみせた相手だというのに、俺には負の感情が微塵も浮かばなかった。ただ、嬉しいと。自分の道を肯定してくれた彼に、愚かにもそんなことを感じてしまったのだ。
でも、それでもいいのかもしれない。俺一人で届かないのなら、誰かの力を借りて、それで英雄に至っても………いいのかもしれないな。
「…………分かった。どうか俺を、英雄にまで鍛えてくれ」
「ハハッ!お前なら楽勝だぜ!」
こうして、俺は剣王と手を組むことになったのだった。
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