第16話 商人トーマス

どうにかこうにか森から抜け出して、俺はルーメンへの道を再び歩き始めた。


ここまでの道中で、人は一人も見かけていない。出くわすのは野生動物や魔物ばかりで、村の一つもない。


少しは人の気配があってもおかしくないとは思うのだが、ここら辺に住みにくい理由なんてあるのだろうか。


森には川が流れているし、野生動物だって沢山いる。ここらへんは平原で住みやすく、衣食住の全部が好条件だと思うんだが……。


「………いや」


雨か。あの嵐のような突然の豪雨。あれが頻繁に起きるとなれば、ここらに住もうという気が起きないのも、俺たちの村に人が全く来ないのも頷ける。


「物事は上手くできてるんだな……」


不可思議なことには必ず理由がある。それを実感した瞬間だった。



さて、特にこれといった出来事もなく、俺は二週間という旅路を終えようとしていた。嵐の影響もあって、多少時間は遅れたが、おおむね予定通りだったといって良い。


「あれが、ルーメン……」


まだまだ到着するには遠くポツンと見えるだけだが、街へ近づくほどに広がっていく整備された道と、果てが見えない程に広がっていく街並み……辺境にあるというのに、ルーメンは相当発展しているようだ。


少し歩くスピードを引き上げて、俺はルーメンまでの道中を急ぐ。


そんな時だ。


「……………ん?」


道の先に、人影が見えた。だが、どこか様子が……。


「………!倒れてる!」


俺は一気に速度を最高潮まで持っていき、数秒で長い道のりを走り抜けた。


「大丈夫ですか!意識はありますか!?」


「ぃ……ずを……くれ………」


「!?えっと、今なんと言いましたか!?」


倒れて蹲っている男性の体を起こし、必死に声を呼びかける。すると、男性は絞り出すように、その一言を呟いた。





「水を……くれ………」





「ぷはーー!!!いやー助かりました!貴方が居なければ私は間違いなく干からびていたでしょう!本当にありがとうございます!」


「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」


行き倒れの原因が水不足だと分かった瞬間、俺は彼に水筒を渡して飲ませた。すると、男性は見る見るうちに回復していき、今ではもう元気に俺と会話が出来るようになっている。少しテンションが高い気もするが。


「私はトーマスと申します。これでも商いを営んでおりまして、大変恐縮ではありますが、一介の商人として機会があれば是非とも訪れて頂ければと!」


「あ、あはは……」


こんな時でも宣伝か。商魂たくましいな。


「まぁ機会があればですけどね、機会があれば……」


「勿論ですとも!」


少し気後れした俺は足早に「それじゃあ気を付けてください」とだけ言って立ち去っ____「ちょっとお待ちくだされ!」


「え、えっと何か?」


「方向から考えるに、貴方はかなり遠くから来たと思われます」


「は、はい」


「加えて、服装や荷物を見れば長旅をしてきたことは明白!」


「あってますね」


「しかし、この先に街らしい街はない……あっても精々が集落か村が限界でしょう」


「………あってますね」


「____お金、お持ちですか?」


「ッ!!」


いきなり商人らしい眼光の鋭さを食らった俺は、動揺を隠せずに思いっきり反応してしまった。その様子から自身の考えの正確さを確信したトーマスさんは、「ぐふふっ」といやらしい笑みを浮かべ、そのまま俺に話を続けた。


「ルーメンを目指していると思いますが、あそこでは身分証の提示の代わりに通行料銅貨5枚の支払いが必要となります。加えて、身分証を発行するための各ギルドへの登録には銀貨1枚の出費が。食事・寝床を度外視たとて、無一文では何もできない……!」


わざとらしく涙を流す素振りを見せてから、トーマスさんは手を天に仰いで「このままでは命との恩人が盗人になってしまう!そんなことを女神様はお望みにはなられないのです!」と大儀そうに涙をポロリと零した。


「さて」


一転、涙の跡すら見えないニッコニコな笑顔で、トーマスさんは俺に提案を持ちかけた。


「命を救ってもらった御恩がありますし、ここはどうでしょう、私が今言ったそれらの代金を負担するというのは」


「それはありがたいですけど……」


胡散臭い笑みを浮かべたトーマスさんは、どう見たってこのまま恩を返して終わりという雰囲気じゃない。間違いなく、見返りを求めてくる。


「_________何をしてほしいんですか?言っておきますけど、俺そこまで強くないですし、犯罪に手を染める気もありませんよ…………」


「ほっほっほ!まさかまさか、そんなことを頼むほど落ちぶれてはおりませぬよ!それに、貴方様が強くないなどと………御冗談がお上手のようで」


「はぁ………」


街での冒険者の強さがどれほどかなんてのは知りようが無いが、それにしたって俺が強いなんてことはないだろう。もし俺が有望株だったらあの時アークたちと一緒に連れていかれてるはずだ。


だって、王都はずっと人手不足を嘆いていて、その為に神託に頼ってアークたちと迎えに来たんだ。だったら、子供一人分くらい増やして人手を増やしても全く不思議じゃない。というか普通そうするだろ。強い奴を放置しておく理由が無い。


「ふふふ、頼みというほどでもないのですがね……少し協力していただきたいのですよ、はい」


「協力、ですか。先に内容を聞いても?」


「勿論ですとも!貴方様に頼みたいのは………………」

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