第17話 簡単なお手伝い

「はぁ……久しぶりのベッドだ………」


あの後、トーマスさんからの協力を受諾した俺は、衛兵との会話や冒険者ギルドでの受付手続きなどに口利きをしてもらって、なんとか一日を終えることができた。


懐から冒険者ギルドから手渡された最下級であることを表すGのマークが描かれたギルド証を取り出して、ぼんやりと眺める。


「冒険者、か………」


所詮、どこの世界も金が大事なのだ。金が無ければ何もできない。俺が王都へ向かうことも、アークたちと協力して魔王討伐を目指すことも。


「…………ま、今どうにもできないことを気にしたって仕方ない」


金は集める。王都へは行く。魔王軍と戦う。今はそれさえ分かっていればそれでいい。


長旅で予想以上に疲労がたまっていたのか、ベッドに横になった俺は瞬く間に眠りに落ちていったのだった。



「で、これがトーマスさんの頼みたいこと、ですか」


「はい!これでも長年商人をやっておりましてね、その経験上多くの災難に見舞われてきました……そして、その度に!コイツらが居ることが心底許せなくなるのですよ!」


「たかがネズミですけどね………」


そう、トーマスさんが俺に向かって頼んできたことは、『下水道のネズミ退治』だった。


なんでも、増えるとそこら中に飛び散って商店街の商品を食べるわ、食糧庫に忍び込んで食料をだめにするわ、衣服諸々を噛むわ、家に穴開けるわ、疫病は広めるわで良いところが全くないらしい。


加えて、ネズミが主に生息する下水道は臭いし狭いし暗いし時間も掛かる上に報酬がクソ低いので、よっぽどのことが無ければ誰もやらないのだ。


トーマスさんが言うには、


『ネズミ退治のようなハズレとされる仕事はアピールに持ってこいなのですよ。無料でこういった仕事を熟すと住民からの評価が高くなりまして、この街の商人にあるかはわかりませんが、王都の方では新参の商人は雑用を熟して信頼を稼ぐ、という一種の暗黙の了解が御座います。普段ならある程度の賃金を払ってボランティアをするのですが、いやーカイ様と出会えて本当に良かった!』


らしい。


「実際、ここ最近被害が大きくなっているようでしてね……領主が動き出すのにあともう少しというところでして、正にベストタイミング!渡りに船!というような状況で御座います」


「はいはい分かりましたから、じゃあ俺行ってきますんで、トーマスさんはここで待っててください」


「え?一緒に行きますよ?」


「………は?」


さっさと仕事を終わらせてしまおうと先へ行こうとした俺だったが、どうやらネズミ退治にトーマスさんは着いてくるつもりらしい。


「いやいや、商人が着いてくるって普通におかしいですよ?あれですか、王都には『ボランティアの時は商人も一緒に向かうべし!』みたいな暗黙の了解があるんですか?」


「これはまた面白いですなーカイ様!そんな暗黙の了解あるわけないでしょう!」


「………(イラッ)」


早々にこの会話に意味が無いことを察知した俺は、「じゃあ行きますか」とだけ呟いて足早に下水道の中へと向かった。


「ええ、楽しみにしておりますとも」



「『ブレイズセイバー』」


斬。前世では見ることがないであろう大きさのデカいネズミを切り倒し、そして疫病が広がらないよう魔法でしっかりと焼いて、俺達は奥へと進んでいた。


「カイ様は面白い技をお使いになるのですね。詳しく聞いても?」


「『ファイアエンチャント』を剣の形に凝縮して、剣に纏わせるっていう技です」


「ほほ!成程成程、最初木剣を手にした時は気でも狂ったのかと思いましたが、まさかそのような妙手があったとは!いやこの不肖トーマス、度肝を抜かれる思いで御座います!」


「…………(イライラッ)」


湧き上がる激情をなんとか押し込めながら、俺は四方八方から迫り来るネズミを切っては焼き切っては焼き……。


「いや、流石に多すぎないか?」


明らかに討伐した数が数百を超えたところで、俺はそう呟いた。


「そうですか?ネズミですし、このぐらいが普通なのでは?」


「いやいや、逆でしょ普通。ネズミとかって人を避けて陰に潜むものじゃないんですか?」


「とは言ってもですね、あのネズミたちも立派な魔物ですし……」


「魔物!?」


衝撃の事実だ。やけに凶暴でデカくて速いなとか思ってたら、あのネズミたちは魔物だったらしい。それだったら違和感はない……のか?


「いやいやいや、だとしても魔物が数百匹は異常事態でしょう。これはちゃんと高ランクの冒険者に頼まなきゃいけない案件じゃ………」


「何を言いますかカイ様!カイ様の力があればこの程度の魔物数千、いや数万来ようとも負ける気はしないでしょう!?余裕に決まっております!」


「なーんか釈然としないなぁ」


俺の言葉に食い気味に反発するトーマスさんに若干の不安を覚えながらも、「お金立て替えてくれたしな」と気を持ち直して、俺は再び奥へと向かった。


「言っておきますけど、身の危険を感じたらすぐ止めますからね?」


「ええええそれは勿論。どんな仕事も体が一番重要ですからな、ハハハ!」


「はぁ………」


大きな大きな溜息をついて、俺はここから掛かるであろう時間を想像して余計に気分が重くなった。


「冒険者の初心者の仕事って、薬草採取かどぶさらいじゃないのかよぉ………」


俺の呟きは、生暖かい風にどんよりと吹かれていった。

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