第24話 牛後より鶏口
「麻里ちゃんがね、ユーマさんのイラストをとても気にいっているんですよ。ファンアートを描くぐらいにですね」
水樹夏彦の口調は世間話のような感じであった。勧誘というより、友人に話しかける印象だ。おそらく彼の中ではこの会話はビジネスというよりも友人を遊びに誘うぐらいの感じなのだろう。
「麻里ちゃんがぜひユーマさんと一緒に漫画を描きたいっていうんだ。僕もあのアサシンバニーガールを見せてあもらったんだけどあれ、いいね。麻里ちゃんが気に入るのも納得だよね」
水樹夏彦の口調はだんだんと早口になる。好きなものを語るのに早口になるオタクそのものだ。
彼はクリエイターグループの代表というよりは一人のオタク青年といった印象を受ける。
なんとなく僕は彼と同じ匂いを感じとった。
「ユーマさんが私どもと仕事をしていただけるのなら、こちらもそれなりのサポートをさせていただきます」
まだ何か語ろうとする水樹夏彦を熱くならないのと制して、竹河不由美は言葉を挟む。こちらはビジネス感が満載だ。
この二人、いいコンビだと思う。
水樹夏彦が情熱を語りかけ、竹河不由美が冷静に待遇を提案する。
「サポートとは具体的には?」
こう訊くのは理央であった。
この日の彼女は体のラインがわかるビシッとしたデザインの黒いパンツスーツを来ていた。長い黒髪を首の後できつく結んでいる。お仕事モードの理央である。
「そうですね。ユーマさんにはまずのっぺらぼう麻里先生のアシスタントをしていただきます。その後ユーマさんには私どもの手がけるコンテンツからイラストを描いていただきたいと考えています。もちろん報酬はその都度お支払いたします。副業と考えていただければ分かりやすいかなと思います」
竹河不由美の提案は現実的であった。
これから恋泉耶雲の仕事ではライトノベルのイラストやコミカライズが増えていくとのことだ。なのでイラストレーターを一人でも多く引き入れたいというのが彼ら彼女らの考えだということだ。
水樹夏彦らの提案はあまりにも僕にとって魅力的であった。イラストを仕事にするうえで漫画の勉強はしてみたいと思っていたのだ。
イラストのプロになる上でコミカライズの技能はあったほうがいい。
WEB原作の小説もコミカライズありきのパターンは枚挙にいとまがない。
その上でプロの人気作家のもとでイラストの仕事ができるのはなによりのスキルアップになる。
僕には得しかない話だ。
今すぐお願いしますと答えくなる話であった。
「例えばですけど僕のキャラクターはどうなりますか?」
僕が一番気になることはそこだ。いまのところアサインバニーガール星野碧しかいないが。
星野碧は大事な我が子だ。
今のところネット上では二次創作は好きにしてもらっているが、僕の大事なオリジナルキャラクターだ。
「しばらくユーマさんには版権のお仕事をしていただきます。私どももユーマさんが独り立ちできるようにサポートはいたします」
竹河不由美はその言葉のあと、アイスティーをごくりと飲む。思わず上下する白い喉を見てしまう。
この人もあの如月花蓮と同じようにすべての行動が絵になる。
「しばらくとは?」
理央が真剣な顔で竹河不由美に問う。
「それはしばらくとしかお答えできません。ユーマさんの活躍次第でしょうね」
にこりと竹河不由美は目を細める。
売れっ子漫画家のっぺらぼう麻里の仕事を手伝うのだから、それもそうだろう。
イラストレーターとしてやっていくのはやはり自分次第というわけだ。
ただこのままネットに絵を上げているよりは確実にキャリアにつながるのは間違いない。
悩むところである。
理央はきりりとした綺麗な顔を僕にむける。
その表情は最後はあなたが決めるのよと物語っている。
今までの話を聞き、僕のなかで答えは決まった。
「すいません、僕はやっぱりオリジナルを描いていきたいです。もちろんご提案は素晴らしいと思います。でも僕は僕だけのものを描きたいんです」
僕はそう答えた。
もうその言葉そのままの意味だ。
僕は巨大な牛である恋泉耶雲のもとで歯車になるより、どんなに小さくても鶏口でいたいのだ。
「そうですか。そうですよね。クリエイターというのはそういうものです。麻里ちゃんにもそう言われるかもっていったんですけどね。ダメ元で誘ってきてと言われたものでね」
ははっとほごらかに水樹夏彦は微笑む。
僕がせっかくの提案を断ったのに、彼は嫌な顔一つしない。
この人と一緒に仕事がしたいという欲求が胸をかすめる。
いや、僕は独自でやるとさっき決めたばかりではないか。
「やっぱりね。私もそう言われると思ったのよ」
にこりと竹河不由美はまた微笑む。思わず見とれてしまう。
隣を見ると理央にキッとにらまれた。
「わかりました、ユーマさん。じゃあ友だちになってください」
水樹夏彦は笑顔のままだ。
提案を断った僕に何事もなかったかのように彼はそう告げた。
「友だち?」
突然の申し出に僕はきょとんとしてしまう。
隣を見ると理央も目を丸くしている。
竹河不由美だけはくすくすと笑っている。
「ほら社会人になると友人なんてそうできないじゃないですか。僕も漫画やアニメが大好きでね。そんな友人が一人でも多く欲しんだよね。ほら今は仕事の付き合いは増えても友だちってなかなか出来ないじゃないですか」
たしかに水樹夏彦の言う通り、社会人になると友人というのはできにくい。
とくに僕はシフト制の仕事なので学生時代の友人とは付き合いはいつの間にか無くなってしまった。
理央は彼女だし、白石澪は友人と呼んでいいものかどうなわからない。美琴は妹だしね。
水樹夏彦と友人になるのは損得抜きで良いかも知れない。なんとなくだけど彼とは話が合いそうだ。
ということで僕たちはラインのIDを交換した。
ラインの友だちイコール友だちというわけだ。
この後、僕たちはアニメやゲーム、ライトノベル、コミックカーニバルなどを話題に一時間ほど談笑した。
次の仕事があるというので水樹夏彦たちは喫茶すみれを後にした。飲食代はありがたく奢られることにした。
「悠真君、勿体ないことしたかもよ」
どことなく理央は嬉しそうだ。その笑顔はこの結果を望んでいたように見える。
「それで私たちのサークル名はどうするの?」
理央は訊く。
恋泉耶雲への参加を断ったのだから、僕たちのサークル名をきめないといけない。
「未確認生物リオネルなんてどうかな」
これは前々から考えていたサークル名だ。
「悠真君だからUMAで未確認生物なのね。安直だけど覚えやすいわね。それに私のコスプレネームも入れてくれたんだ。ありがとう」
「うん、まあ初めての共同作業的なものかな」
「あら、むちゃくちゃうれしいわ」
理央は僕に抱きついて、今日一番のかわいい笑顔になった。
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