第25話 後輩ちゃんSNSを始める

 八月の終わりごろ、白石澪は木村佳奈恵となんばシティに買い物にきていた。

 GUやユニクロで服を買い、スタバでお茶をしていた。

「ねえ、澪ちゃんはあの先輩とはどうなったの」

 木村佳奈恵はアイスキャラメルフラペチーノをずずっとすする。

「それ聞きますか?」

 白石澪は抹茶フラペチーノのカップを見つめる。

 すっと寂しげな目になる。

「あっ進展なしか」

 木村佳奈恵は白石澪の表情をみてそう察した。

「まあプールは行ったんですよ。けっこういい感じになったかなって思ったんですけどね。そっから進展なくて……」

 白石澪はカップの水滴をなでる。

「澪ちゃんのおっぱいでも落ちないか……」

 この日の白石澪はノースリーブのニットワンピースを着ていた。ニットに包まれた胸元はたしかな存在感であった。

 木村佳奈恵の視線はその胸元に注がれている。

 「澪ちゃんの先輩ってどんな人よ」

 木村佳奈恵は興味津々といった表情で白石澪に尋ねる。

「背が高くて、真面目で素敵な人です」

 白石澪の瞳はキラキラしていた。

 それを見て木村佳奈恵は恋する少女の目だと思った。

「私って母子家庭で育ったんですよ。お父さんとお母さんは小さい時に別れたんです。お母さんは裁判で私の親権をとったんですけど養育費を自分のために使い込むタイプでしてね。お父さんはずっと私のこと心配してくれてたみたいなんですけど、お母さんが会わせなかったんですよね。それで中学の時たまたま会うことができて、お父さんにすっごく優しくしてもらったんです」

 木村佳奈恵は語りだした白石澪にうんうんと肯く。アラサーの木村佳奈恵は聞き上手であった。

「私、本当はお父さんの子供になったほうがよかったんじゃないかって思ったんですよね。お母さんはろくに働かなくってずっと貧乏だったんです。子供のときはずっと腹ペコでした」

 だからあんなに美味しそうに物を食べるのかと木村佳奈恵は理解した。

「お父さんと食べに行ったファミレスのハンバーグ美味しかったな。あのロイヤルホストのハンバーグ」

 木村佳奈恵は舌なめずりする白石澪を見た。きっとその時のハンバーグを思い出してるのだろう。

「それでそのお父さんとは今でも仲良くしてるの?」

 木村佳奈恵の質問は会話をつなげるためのものだった。これをきっかけに仲がよくなったのだろうと彼女は思った。

 だが白石澪は首を横に振る。

「お父さん再婚していたんです。でその再婚相手との間に子供ができたんですって。だから会ったのはそれが最後なんです」

 白石澪はなんて寂しそうな顔をするんだと木村佳奈恵は思った。

 自分は白石澪にくらべたら恵まれているなと思った。

 両親は健在だし、美容系の専門学校に行かせてもらえるほどには裕福であった。聞けば白石澪は高校を中退しているとのことであった。なんでもひどいいじめにあって辞めてしまったのだという。

 まるでひと昔前の少女漫画のヒロインだなと思った。

 今でいうところのドアマットヒロインか。

「なかなかヘビーな話ね」

 木村佳奈恵は話をふったことに少しだけ後悔した。さっきまで爆買いで楽しかったのに気がめいってしまった。

「ごめんなさい。ちょっと語っちゃった」

 てへへっと舌を出す姿す白石澪は同性ながら可愛らしいと木村佳奈恵は思った。

「それでその先輩がお父さんに似ているのね」

 木村佳奈恵はそう結論づける。

「うん、まあそんなところかな。一緒にご飯食べていると楽しいところとかかな」

 その先輩の話をする白石澪は楽しそうだと木村佳奈恵は思った。

 見た目が派手な木村佳奈恵だがその性格は人情派であった。

 がぜん応援したくなった。

 自分ができることはやってあげようと思った。

 それはなんだか楽しそうだ。

「じゃあお姉さんにまかせなさい。早苗もきっと応援してくれるわ。私たちナエナエに任せなさい」

 木村佳奈恵と南城早苗は自分たちのことをナエナエと呼んでいた。そう呼ぶのはその二人しかいないけど。

「そうそう澪ちゃんってなにかSNSってやっているの?」 

 木村佳奈恵は話題を変えた。彼女はおしゃべりで話題を次から次へと変えていく。

「うーんと一応Xとインスタグラムはアカウントだけは持ってるかな」

 木村佳奈恵は白石澪のスマートフォンをのぞきこむ。Xもインスタグラムもフォロワーは一桁でそれもどうやらスパムっぽい。

 しゃあないねと言い、木村佳奈恵は白石澪のXとインスタグラムをフォローする。

「TikTokはやってないの」

 スマートフォンをいじりながら、木村佳奈恵は訊く。

 またもや白石澪は首を横に振る。

「あらあらじゃあアカウント作ってよ。澪ちゃんぜったいバズるって」

 木村佳奈恵は無理矢理に白石澪にTikTokを登録させた。 

「じゃあ動画起動させてよ」

 木村佳奈恵にいわれるがまま白石澪はスマートフォンの動画アプリを起動させる。

 白石澪からスマートフォンを受け取り、木村佳奈恵は撮影する。

 にこやかに微笑みながら白石澪は抹茶フラペチーノを飲む。二十秒ほどの動画を撮る。

 手慣れた手つきで木村佳奈恵はティックトックに動画を投稿した。

「こんな動画誰が見るんですか?」

 白石澪に疑問を投げかけられる。

「澪ちゃん、あんたはポテンシャルのかたまりよ。きっと多くの人があなたに注目するわ」

 木村佳奈恵は自信満々であった。

 このあと二人はいろいろな話をして仲を深め合った。

 木村佳奈恵は一人っ子だったため妹ができたようでうれしかった。

 帰りの電車で木村佳奈恵は澪ちゃん応援団というグループラインをたちあげた。さっそくナエナエコンビの相方である南城早苗をグループラインに入れる。

 ほぼ同時に木村佳奈恵は未確認生物リオネルというグループラインに南城早苗からさそわれた。

 どうやら仕事仲間の三津沢理央が同人サークルを結成したようだ。

 ユーマという人がそのグループラインに入っていた。たしか最近つきあいだしたという三津沢理央の彼氏がそんな名前だったかな。

 面白そうなので木村佳奈恵はそのサークルにも参加することにした。

 澪ちゃん応援団といい同人サークルといい、楽しそうなものが増えたなと彼女は思った。

 そうだ、澪ちゃんのことを専門学校時代の先輩に相談しよう。

 その先輩の名前は小野寺香代といった。その先輩は如月花蓮という名でインフルエンサーをしていた。

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