第3話 陰陽師との邂逅

真島さん、見つかりました」

翌日、片桐は分厚い資料ファイルを抱えて真島の机にやってきた。徹夜で調べたのか、目の下に深いクマができている。

「マガツジュゴンノミヤ、渦津呪言宮についてです。正式な文献はほとんど残っていませんが、民俗学の研究資料にわずかに記録が…」片桐の声は掠れており、一晩中悪夢に悩まされたことが窺えた。

「で、場所は分かったがやき?」真島はロリポップを舐めながら資料に目を通した。古い地図や、手書きの文書のコピーが並んでいる。

「N市から北東に約二十キロ、M山系の奥深くです。現在は立入禁止区域になっていて、一般人は近づけません」片桐は地図を指差した。その指先が小刻みに震えている。「ただ、この資料を見ると…」

資料には、江戸時代から明治初期にかけての記録が記されていた。渦津呪言宮では人身御供の儀式が行われており、生贄を深い縦穴に投げ込んでいたというのだ。しかし、その記述は通常の歴史資料とは明らかに異なっていた。まるで記録者自身が恐怖に震えながら書いたかのような、血走った文字で綴られている。

「胡散臭い話やねえ」真島は鼻で笑ったが、資料に記された詳細な描写を読むうちに、笑い声が次第に小さくなっていった。

その時、署の受付から内線電話がかかってきた。

「真島警部にお客様です。鬼頭月野さんという方が、連続失踪事件について情報提供したいと…」

「鬼頭月野?」真島は首をかしげた。

「聞いたことない名前やねぇ。とりあえず、応接室に通しちゃって。」

十分後、応接室に現れた女性を見て、真島は言葉を失った。三十三歳という年齢には見えない美しさ。黒いスーツに身を包み、なぜか室内でもサングラスをかけている。その佇まいには、言いようのない神秘的な雰囲気があった。だが同時に、彼女の周りだけ空気が重く、まるで別世界の住人であるかのような異質さを感じた。

「初めまして、真島警部」鬼頭月野は静かな声で挨拶した。「私は陰陽師をしております」

「陰陽師?」真島は眉をひそめた。「また胡散臭い…」

「胡散臭いと思われるのは当然です」月野は微笑んだが、その笑みの奥に深い悲しみが宿っているのを真島は見逃さなかった。「しかし、今回の連続失踪事件は、通常の警察捜査では解決できません。なぜなら、犯人は人間ではないからです」

「はあ?」真島はロリポップを噛み砕いた。

「何を寝言ゆうがよ…」

「渦津呪言宮。あなた方はもうその名前をご存知ですね」月野の声が急に真剣になった。サングラスの奥で、何かを見つめているような気配がある。「あの場所で、封印が破られました。三か月前の動画配信者によって」

片桐が慌てて身を乗り出した。「あの動画をご存知なんですか?」

「ええ。私の家系は代々、この地域の霊的な事象を監視してきました。渦津呪言宮の怪異についても、詳しく知っています」月野はサングラスの奥で何かを見つめているようだった。「あの場所には、人々の怨念と恐怖が生み出した怪異が封印されていました。しかし、御神体を破壊されたことで、その封印が解けてしまったのです」

「ばかばかしい」真島は立ち上がった。「この世に怪異やの怨念やのがあるもんか。あるがは人間の犯罪だけじゃ」

「では、被害者たちの死因を科学的に説明できますか?」月野は冷静に問いかけた。「外傷なし、溺死でもない、毒物反応もない。しかし、全身の骨は粉砕され、骨髄は消失している。しかも、遺体は神社の範囲数キロ圏内の場所で発見されている」

真島は言葉に詰まった。確かに、菊理光の死因は医学的に説明がつかなかった。

「怪異の名は渦津荒帝命」月野は続けた。「全ての災いを統べる荒神です。この怪異に遭遇した者は、二、三日後に上空に頭蓋骨の雲が現れ、その後身体が消失します。数日経つと、上空から無惨な死体となって落下してくるのです」

「そんな馬鹿な話が…」

「信じる信じないは自由です」月野は立ち上がった。「しかし、このまま放置すれば被害は拡大し続けます。既に次の犠牲者が決まっているかもしれません」

その時、片桐の携帯電話が鳴った。慌てて出ると、署からの緊急連絡だった。

「真島さん、大変です!」片桐の顔が青ざめる。「M県立高校の生徒三人が行方不明になりました。昨夜、オカルト研究の一環で山に出かけたまま戻ってこないそうです」

「行き先は?」

「渦津呪言宮の近辺だそうです…」

真島の血の気が引いた。また若い命が危険に晒されている。科学的説明がつこうがつくまいが、人命救助が最優先だ。

「鬼頭さん」真島は月野を振り返った。「もしも、仮にやけんど…その怪異とやらを止める方法があるがやき?」

月野は初めて表情を緩めた。「あります。しかし、危険を伴います。そして、協力者が必要です」

「どんな協力者やき?」

「強力な陰陽師と…大型特殊免許を持つ人物」月野の答えに、真島は首をかしげた。

「大型特殊免許?何でそんなもんが…」

「一トンの鉛の蓋で縦穴を封印する必要があるからです」月野は真剣な表情で答えた。「幸い、適任者に心当たりがあります。作家の柳田國子さん…。あなたの従妹の真島奏さんです」

真島は驚いて月野を見つめた。従妹の奏のことまで知っているとは…。

「まさか、奏まで巻き込むつもりか?」

「残念ですが、彼女の協力なしには封印は不可能です」月野は窓の外を見た。空には不吉な黒雲が立ち込めている。「そして、時間がありません」

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