山
ふかさわ らな
【オレオレ詐欺】
第一幕
〇場所:フジコの家のリビング
明転
格調高い家具や調度品が並ぶ部屋で老婦人が電話をしている
フジコ「誰……マサアキなの? どうして今ごろ……何? よく聞こえないわ。もう一度ゆっくり話してちょうだい」
電話の声「俺だよ、母さん。ごめんよ、急に電話したりして」
フジコ「ごめんだなんて……それより今どこにいるの?」
電話の声「うん、ちょっと遠いところかな。仕事でね」
フジコ「そう。体調はどう? 御飯は食べてるの?」
電話の声「うん、大丈夫。体はね。実はさ……」
フジコ「そうそう、そういえば! この間ね、あなたの同級生に駅で偶然お会いしたのよ。ご結婚なさったんですって」
電話の声「へ、へえ、誰だろう?」
フジコ「ほら、あの背の高い、声の低い」
電話の声「それだけじゃわからないな。それより母さん、俺ね……」
フジコ「タカハシさん! そう! タカハシアキラさん」
電話の声「アキラ……ああ、あいつか。そういえば可愛い彼女見つけたって言ってたっけ」
フジコ「あらやだ、何を言ってるの? アキラさんは女性じゃないの。お相手は男性よ。男性だったと思うわ。あら、違ったのかしら……」
電話の声「そうだった! ごめんごめん。アキラっていうから、隣のクラスの男友達の事かと思っちゃったよ。 はは。それでね、俺、実は……」
フジコ「あらやだ、何言ってるの。あなたは特進クラスだったから、お隣のクラスなんてなかったじゃない」
フジコの空間の隣の空間が明転
アジトらしき一室で電話をかける若い男と、その背後で椅子に座りながら監視するように見ているもう一人の男がいる
電話の声の男:マナブが、背後で椅子に座る男:ミネに小声で話しかける
マナブ「兄貴、どうしたらいいんすか。埒(ラチ)があきませんよ」
ミネ「くそババァ、まともに人と話してねえから、しゃべりが止まらねえんじゃねえのか」
マナブ「どうします?」
ミネ「俺が言うとおりに話せ」
マナブ「はい」
マナブ、首をすくめて電話を続ける
ミネ、マナブの耳元に近づき小声で指示を出す
ミネ「母さん、俺、実は会社の金を道で落としちゃったんだよ。って言ってみろ」
マナブ「母さん、俺、実は会社の金を道で落としちゃったんだよ。って言ってみろ」
フジコ「え? 言ってみろ? 何? 私が何を言えばいいの?」
ミネ「馬鹿かお前は! 言ってみろは言わなくてもいいんだよっ」
マナブ「馬鹿かお前は!」
ミネ、すかさずマナブの頭を激しくひっぱたく
フジコ「え? 何ですって! 馬鹿? って、そうなのよマサアキ。実はね、家にずっと来てくれていたヘルパーさんがお辞めになってしまったの。そしたら毎日失くし物だらけで、いつも何かを探しているのよ。途中で何を探してるかわかんなくなっちゃうこともあるのよ。うふふ、馬鹿みたいでしょ? でも大丈夫なのよ。いやあねえ、マサアキったら心配しすぎよ」
マナブ「え? や、あの、そ、そうだね。馬鹿みたいに心配しすぎちゃってるよね。あはは」
フジコ「ふふ、でもうれしいわ。ありがと。こんな調子だけど私は何とかやっているから大丈夫よ。あなたもお仕事頑張ってね。じゃ」
フジコ、言い終わると迷うことなく電話を切る
フジコの空間だけが暗転
マナブ「うん。俺、頑張るよ!」
マナブ、背中からミネに蹴飛ばされ、回転しながら机の向こう側へ転がる
ミネ「なめてんのか、ババァ!」
マナブ「すんません。なんかものすごい勢いであっちのペースに巻き込まれちゃいました」
マナブ、笑顔で机の向こう側から体を起こす
ミネ「許せねえ」
マナブ「ホントっすよね」
ミネ「お前だよっ 馬鹿野郎!」
マナブ「す、すんません」
ミネ「金持ちそうなカモ見つけたっていうから調べてみりゃ、ああ、確かにいい暮らししてそうな婆さんだ。しかも一人暮らしと来たぜ。お前のかけ子デビューにピッタリの案件だって、俺がお膳立てしてやったんだろうが!」
マナブ「あざっす!」
ミネ「あざっす~じゃねえんだよ! なんも上手くやれてねえんだよ。楽しくおしゃべりに付き合わされて終わってんだよ! 徹子の部屋じゃねえんだぞ!」
マナブ「テツコの部屋って何ですか? あっ……」
ミネ「あっ……じゃねえんだわ! なんで顔赤らめてニヤついてやがんだよ! 俺はそんなにストライクゾーン広くねえんだよ。いい加減にしろ、てめえ」
ミネ、再びマナブに蹴りを入れる
ミネ「あのババア、なめやがって。こうなったら有り金全部吐き出させてやる!」
暗転
第二幕
暗転したまま電話の呼び出し音が鳴る
フジコの声「は~い」
明転
〇場所:フジコの家とミネのアジト(舞台を半分にしてそれぞれの空間にフジコ、マナブとミネがいる)
マナブ「あ、母さん」
フジコ「あら、どちら様?」
マナブ「俺だよ、俺」
フジコ「オレオレ詐欺?」
マナブ「ゔぐっ!」
フジコ「いやあねえ、マサアキ。そんな返事の仕方なんてしたら、オレオレ詐欺かと思うじゃないの。うふふ」
マナブ「げほっ げほっ」
フジコ「あら、すごい咳。今日は体調が悪そうねえ」
マナブ「そうなんだよ、母さん。あの電話の後からずっと後頭部が痛いんだ」
フジコ「あらそうなの。お仕事しすぎなんじゃない?」
マナブ「いや実はさ、仕事で大失敗しちゃって……」
フジコ「なんですって。いったいどんな失敗をしたの?」
マナブ「会社のお金、落としちゃったんだよ。かなりの額なんだけど」
フジコ「かなりの額って……いくら位?」
マナブ「一千万円」
フジコ「なんでそんな大金を持ち歩いたりしたのよ!」
マナブ「この間、大手銀行のシステムエラー騒ぎがあっただろ? その日に大事な決済があったんだけど、送金ができないってことで俺が直接届けることになったんだよ。だけど途中で……」
フジコ「それならあなた一人の責任にはならないんじゃない? 上司にきちんと話せばなんとかなるんじゃないの?」
マナブ「できないんだ。不良債権ってわかる? ああ、難しいよね。うん、つまり俺の仕事の金融の世界ってさ、胸張って社会に申し開きできる案件ばっかりじゃないんだ。しかも今回の顧客ってのが……そっち系の人でさ」
フジコ「そっち系って、どっち系?」
マナブ「んーと、893(はっぴゃくきゅうじゅうさん)系?」
フジコ「まあ! じゃ、JR系なの? やだ私ったらBL系かと思っちゃったわ」
マナブ「ええっと……JRとかBLとか横文字ばっかりだね。さすが母さん詳しいね。ちなみにそれって何?」
ミネ、履いていたスリッパを音速で脱いでマナブの頭をひっぱたき、
マナブの顔の真横に近づいて小声で指示を出す
ミネ「あっちのペースに乗せられてんじゃねーよ! 手筈通りに進めろっ」
マナブ、首をすくめながらミネの顔を見上げ、再び話し出す
マナブ「ごめん母さん、時間がないんだ。それでさ、お願いがあるんだよ」
フジコ「分かってるわ」
マナブ「え?」
フジコ「お金、立て替えなきゃならないんでしょ」
マナブ「そっ、そうなんだよ。ごめんね母さん。本当にありがと」
フジコ 「それにしてもあなたの上司もポンコツよね。部下の尻も拭えないなんて、無能極まるわ」
ミネ、ピクンと反応する
フジコ「大体、なんでそんな大金を持ち運びさせたりしたのかしら」
マナブ「う、うん。あ、いや、だからそれは、俺が……」
フジコ「きっと大した仕事もできやしないのよ、その上司は。ほら、ドラマとかでもいるじゃない? 大きなヤマ場を迎えた局面で一番先に死んじゃう……あの何て言ったかしら……ええっと……そう! 雑魚キャラってやつよ」
マナブ「そ、そうなのかな」
マナブ、ミネの顔を盗み見る
ミネ、白目をむいて怒りに震えている
フジコ「そんなんじゃご両親も心配よね。ご兄弟とかもいるの?」
マナブ「さ、さあ、どうかな……い、いるのかな」
フジコ「きっとご家族は、その上司が子供のころから心苦しい思いをさせられてきたんじゃないかしらね。そうね、絶対そうだわ」
ミネ、しびれを切らして立ち上がるとマナブの胸ぐらをつかみ、次の手順へ進めるよう顎で促す
マナブ「か、母さん、その話はあとでゆっくり聞くから。今は、その……お金のことを相談させてくれないかな」
フジコ「お金? なんのお金?」
マナブとミネ 二人同時に 「だから!」
フジコ「え? 今、誰かとハモッた? 他に誰かいるの?」
マナブ「あ、えっと……今、職場なんだよ。会社の同僚が電話で金融の説明してて、たまたまハモっちゃったみたいで」
フジコ「まあ、そうなの。すごく息がぴったりだったわ」
マナブ「でさ、俺が頼んだお金のことなんだけど、いつ用意できるかな?」
フジコ「ああ、そのお金ね。そうねえ」
マナブ「なるべく早めに頼むよ」
フジコ「あなたが取りに来るの?」
マナブ「え?」
フジコ「だから、お金が用意できたとして、取りに来るのはあなたなの?」
マナブ、電話を耳に当てたままミネの方へ伺うように顔を向ける
ミネ、折り返しの合図をする
マナブ「あ、うん、また後で連絡するから。それじゃ、よろしく頼むね」
フジコ「いいけど。私にも都合ってものがあるんだから、急に来られても無理よ。この間だって、宅急便が午前中に来るはずがいったい何時に届けに来たと思う? まさかの……」
マナブ「ご、ごめん母さん、別の電話が入っちゃったみたい」
フジコ「あら、そう。分かったわ。じゃ、今日もお仕事頑張るのよ」
フジコの空間だけ暗転
ミネ「あのババア、今日も好き放題しゃべりやがって」
マナブ「でも、とにかく金は用意できるみたいっすよね」
ミネ「あったりめえだろうが! ここまでコケにされて手ぶらで帰れるわけがねえんだよ」
マナブ「そうですけど」
ミネ「けど?」
マナブ「なんか、気のいいバアさんだなって。へへ」
ミネ、マナブへ近づき耳をねじり上げる
マナブ「あいてててっ!」
ミネ「おいマナブ。てめえ、上に納めなきゃならねえ金、いつまでだかわかってんだろうな」
マナブ「わ、わかってます! すんませんっ」
マナブ、真っ赤な耳を押さえてうずくまる
ミネ、マナブを見下ろす
舞台が少し暗くなる
二人は静止したまま、回想シーンとして声のみが流れる
女の声「こんなの上手くいくわけなじゃない! いつか必ず見つかっちゃうよ」
ミネの声「うるせえんだよ! これで俺はもっとでかい仕事ができるんだ。口出しするんじゃねえ!」
女の声「ねえ、今からでも間に合うよ。返しに行こう」
ミネの声「寝ぼけたことぬかしてんじゃねえぞ? ふん、まあいいさ。お前もそのうち、今のケチな仕事なんかやめたいって俺にすり寄ってくる日が来るさ」
女の声「そんな日、絶対に来ない! ねえ、お願いだから目を覚ましてってば」
ミネだけがスポット照明で浮き上がる
ミネ「いったい、どこに行きやがった」
暗転
第三幕
〇場所:フジコの家とミネのアジト
明転
フジコとマナブがそれぞれの空間で電話で話している
フジコ「だからね、私もそこで言ってあげたのよ。そんなに何度も絶対に儲かるっておっしゃるなら、ご自分でお買いになればよろしいじゃありませんかって」
マナブ「そうだよ母さん。そういう話は、ちゃんと家族に相談してからにしたほうがいいよね。何も準備しないで決めたりするのはよくないよ。うん」
フジコ「マサアキ、何言ってるの? 準備はとっくにできてるわよ」
マナブ「え? あ、そ、そうなんだね。さすが母さんだね」
フジコ「で?」
マナブ「で?」
フジコ「どうするのよ」
マナブ「何を?」
ミネ、履いていたスリッパを光速で脱いで、マナブの頭をひっぱたく
フジコ「今の何?」
マナブ「え?」
フジコ「パーンよ。この前の電話のときも同じ音がしたわよ」
マナブ「あ、パ、パーンね。あの、えっと……事務員さんが、ベランダでスリッパを干してるみたいで」
フジコ「あら、そう。なかなかいい音が出せる事務員さんだわ」
マナブ「そうなんだよ。スナップがすごく聞いててさ……」
フジコ「で? どうするのよ」
マナブ「スリッパを?」
フジコ「違うわよ! お金、いつ取りに来るの?」
マナブ「え? あ、そ、そうだね。えっと、金は俺が直接取りに行きたいのは山々なんだけど」
フジコ「けど?」
マナブ「上司に話したら、直接母さんに会ってご挨拶したいって言ってるんだ」
フジコ「まあ」
マナブ「でさ、俺が一緒に行くと、母さんあれだのこれだのって色々と準備しちゃうだろ? だからさ、上司が取りに行ってくれることになったんだ」
フジコ「何も準備なんてしませんけど」
マナブ「へ?」
フジコ「なんでこっちが、お・も・て・な・す 感じ? なのよ。立て替えてあげるんだから、菓子折りぐらい持ってくるのが当然なんじゃないのかしら」
マナブ「ま、まあ、そうかもね」
フジコ「とらやがいいわね」
マナブ「と、とらや?」
フジコ「そうよ。あらやだ、私の好きなものをまさか忘れる訳がないわよね?」
マナブ「も、もちろんだよ。と、とらや? だよね。みたらし団子が美味いよね!」
フジコ「それは、寅さんじゃない? そうじゃなくて、とらや。とらやの羊かん」
ミネ、マナブに向かって声を出さずに激しく何かを叫んでいる
マナブ、スリッパで叩かれた頭を手で押さえながらミネを見上げる
マナブ「わ、分かったよ。上司に伝えておくよ」
フジコ「悪いわね」
マナブ「で、お金なんだけど、今から行ってもいいかな」
フジコ「え? 今から?」
マナブ「すごくマズいことになりそうで、本当に、ものすごく急ぐんだ」
フジコ「だめよ。だって私、今からお芝居を見に行くんですもの」
マナブ「なんで、今行くんだよ〜」
フジコ「うふふ、知りたい? あのね! 実はね! プレミアムチケットが当たっちゃったのよ!」
マナブ「プ、プレミアムなのか……それじゃしょうがないよね。あ、じゃ、金だけ袋か何かに詰めて玄関に置いといてくれないかな」
フジコ「あらやだ。それじゃ、私にご挨拶したいっていうあなたの上司が私に会えないじゃない」
マナブ「ん?」
フジコ「え? 会いたいんでしょ? 私に。とらや、持ってくるんでしょ?」
マナブ「そ、そうだね……えっと」
ミネ、マナブから受話器を取り上げて話し出す
ミネ「お電話代わりました。私が上司のミネです。お母様、この度は本当にご面倒をおかけして申し訳ありません」
フジコ「あらやだ、突然代わるからびっくりしましたわ。いつも息子がお世話になっております」
ミネ「実は今回の件、マサアキ君の昇進がかかった大きな仕事でしてね。満期までに先方にお支払いできなかったので、ちょっと困ったことになりまして」
フジコ「困ったこと……というと?」
ミネ「今日までに支払えない場合、会社の取引が止められてしまうんですよ」
フジコ「あらやだ、五百万円で?」
ミネ「ええ、五百万円で」
フジコ「でも落としたのは、一千万円ですよね?」
ミネ「え? え、ええ、ひとまず半額でも納めれば何とか凌げるんです」
フジコ「しのぐ?」
ミネ「どうでしょう。もしこのままお出かけになるのでしたら、出先で落ち合いますか」
フジコ「あらやだ。それじゃまるで、私とあなたがデートするみたいじゃないですか」
ミネ「ははは」
ミネ、電話を耳にあてたままマナブの頭を殴る
フジコ「うふ、私ったら息子がこんな大変な時に……良くないわね」
ミネ「で、どちらで落ち合いますか?」
フジコ「やはり今日は、お会いすることができませんわ」
ミネ「なぜです?」
フジコ「今、ハイヤーが家まで迎えに来てしまったから」
ミネ「それじゃ、やはり袋に入れて郵便箱にでも入れておいてくだされば……」
フジコ「準備はできましたけど、銀行からまだお金を下ろしてきてはいませんの」
ミネ「でも、今日中でないと……」
フジコ「じゃ、ごきげんよう」
ミネ「あ、待って! いつならお会いできますか?」
フジコ「あらやだ。こんなに積極的にお誘いただくなんて何年ぶりかしら」
ミネ「お願いします」
フジコ「じゃあ……明後日なら」
ミネ「分かりました。では明後日」
フジコ「あっ……忘れないでくださいね」
ミネ「な、何をですか?」
フジコ「と・ら・や」
フジコが電話を切ると同時に舞台全体が暗転
ミネの声「ババア、ぜってえ、ぶっとばしてやる!」
後半戦へ続く……
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