第5話 孤児院での暮らし(後編)

「真白ちゃん。お願いがあるのだけど、町へ買い出しに行ってもらえるかしら?」

 

 翌朝の朝食の後、マーガレットがそう尋ねた。真白は少し不安になった。自分は人外だからそう人前に出ていいものなのか……。

 逡巡した様子の真白を見て、マーガレットが付け足した。


「大丈夫よ。町の人たちはそういうの気にしない人たちばかりだから! もし不安なら他の子も連れて行くわよ」


「なぁメグ、ヘンリーとかどうよ?」


 すかさずアルバートがヘンリーを指名した。台所のほうから「ハァ!?」とヘンリーの怒鳴り声が聞こえる。

 真白もこれには驚いた。昨夜の散歩の後、アルバートとジジがヘンリーと会話している様子があったが、何かあったのだろうか?


「まぁ、いいじゃない。二人もこれを機会にもっと仲良くなさいな」


 そんな二人の気も知らず、マーガレットは買い物メモを託した。

 

 * * *


 孤児院から町までは約五km離れている。真白とヘンリーは平坦に続く道を、ただひたすら歩いていた。

 真白はちらっとヘンリーのほうを見やる。彼はただひたすら黙々と歩いている。流石に気まずさに耐えかねて真白が口を開いた。


「ね、ねぇ。町ってどんなところ?」


「あ? 別に普通だよ。お前が面白がるようなものなんて何もねぇよ」


 ぶっきらぼうに返答され、真白を再び口を閉ざした。その普通が知りたかったのだけどな……。


 そうこうしているうちに町に到着した。洋風な構えの家々を前に、真白は心が躍った。頬が紅潮し、無意識に尻尾をぶんぶんと左右に振る。その様子を見たヘンリーが驚いた様子で口を開いた。


「お、お前、町のこと知らないのか!?」


「う、うん。生まれ故郷は森の中だったし、ずっと施設で育ってきたから」


 その言葉を聞いてヘンリーは黙った。何か変なこと言ったかな……? と考えたが、ヘンリーがすたすたと歩き始めたので真白もあわてて後を追った。

 町は温かく優しい住人たちのおかげでやわらかい雰囲気だった。自然も豊かで、都会というほどの規模ではなかったが、逆に真白にとって心地よかった。

 二人は買い物メモを見ながら、依頼された品物を買っていく。食材、日用品と買っていき、最後に、パン屋を訪ねた。


「おぅヘンリー。その子は誰だい?」


「うちに来た新人だよ。おい挨拶しろ」

 

「えっと……真白です」


「っかあー! べっぴんさん連れてお前もやるようになったなぁ!」


「う、うっせぇよ! 誰がこんなのと!」


「まぁ照れるな照れるな! 真白ちゃん、こんな奴だけど悪いやつじゃないから、仲良くしてやってくれ、お代は少しまけとくよ」


 パン屋の主人とヘンリーのやり取りを見て、真白は少し羨ましく感じた。わたしもああいうやり取りをしたいなぁ。

 物思いにふけっているとヘンリーが既に買い物を済ませ店を出ていた。真白もあわてて主人におじぎをして店を出た。


 * * *


 孤児院までの帰り道。二人はまた黙々と歩いていた。それなりに買った荷物はほとんどヘンリーが持ってくれていた。


「はじめて町に行ったけど、いい場所だったね」


「そうかよ」


「今度はみんなで行きたいな。広場とかで、他の子たちと遊ぼうよ」


「勝手にやってろよ。俺は興味ねぇな」


「……あのっ」


 耐え切れずに真白はヘンリーに向き合った。これ以上、理由も知らずに雑な態度をとられるのが嫌だった。


「どうして、わたしにだけ変な態度をとるの? わたし、なにかやった? もし何か悪いことをしたのなら謝らせて。でもそうじゃないのなら理由を聞かせてよ」


 すると、ヘンリーは一瞬固まったが、やがて肩を震わせながら顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「それは、お前が俺の家族を殺したやつにそっくりだからだよ! 三年前だ、俺たちは小さな田舎で暮らしていた。なのにある日突然そいつがやってきて、俺の家族や友達を皆殺しにしたんだ! 俺は運よく瓦礫の下敷きになっていたからバレずに殺されなかった。そのあとだよ、ルドルフ神父に助けられてここに来たのは。お前がはじめてやってきたとき、殺してやりたいとずっと思っていたさ! 人外は嫌いだ、消えろ! いますぐ!」

 

 それまでの鬱憤が溜まっていたものを全て吐き出したヘンリーは、涙をこらえて、駆け足でその場を立ち去った。

 あとに残ったのは、手にした荷物を地面に落とし、呆然と立ち尽くす真白だけだった――。

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