第4話 孤児院での暮らし(前編)
孤児院『アーラヴァローネ』の1日は朝早い。六時に起床して川へ生活用の水を汲みに行く。七時にみんなで朝食を食べ、その後は家の掃除をする。九時に勉強をし、十二時に昼食を食べる。午後は自由時間として使えるので、天気の良い日は外の草原で遊んだり、高原を下りて街まで買い出しに出かける。こういうとき、体力のあるアルバートや力持ちのヘンリーが活躍する。雨なら家でカードゲームやテレビゲームで遊んだりする。ジジは頭が良く、戦略性のあるゲームで彼に勝った人は誰もいない。十八時には夕食を食べて、お風呂に入り、二十一時前後に就寝する。
ご飯はみんなで作るのが基本で、マーガレットはやり方を教えてくれたり手の足りない箇所をサポートすることしかしない。将来、自立したときに困らないようにとのことだ。みんなは文句一つ言わずにこなしていた。それが当たり前という認識だからだ。特にエレナは家事全般が得意で、みんなで遊ぶとき以外は基本的に家事をしている。
唯一、真白だけがまだ集団での生活に慣れていなかった。ここで暮らし始めて一か月が経過したが、未だに新しい生活に馴染めなかった。
「おいお前、まだ野菜切ってねーのかよ。待ってんだけど」
ヘンリーが苛立った声を上げる。今日の夕飯はビーフシチューだ。真白が野菜を切る担当で、ヘンリーが煮込み担当だった。それ以外の面々は他の料理を作っている。
「……ごめんなさい」
「……チッ」
真白が謝ると舌打ちをしてそっぽを向いた。その態度に真白はますます落ち込む。野菜の切り方はマーガレットから一通り教わったが、力加減が難しく、切るのに四苦八苦していた。そんな様子を見ていたマーガレットが仲裁に入る。
「真白、焦らなくていいのよ。焦ってやると自分の指を切っちゃうからね。それとヘンリー、真白は今まで料理をすることができなかったのよ? それに手持無沙汰なら手伝ってあげるべきじゃない?」
「真白、俺手伝うよ」
マーガレットに諭され押し黙るヘンリーをよそに、アルバートが野菜切りを手伝ってくれた。自分の担当もあるのに、手伝ってくれる様とこちらをじろっと見てから同じく黙って野菜を切ってくれるヘンリーに申し訳なく思った。
それにしても……と、真白はヘンリーのほうをちらっと見た。アルバートやジジ、エレナは初日から優しく接してくれるが、ヘンリーだけは明確な敵意を向けてきている。ヘンリーより後に入ってきたジジやエレナは、言葉遣いが悪くても態度が悪かったことは一度もなかったと話していた。
そこまで考えたところで現実に思考を戻した。せっかくアルバートが手伝ってくれるのに自分だけがサボるわけにはいかないと、野菜を切る手を動かし始めた。
* * *
夕食後、アルバートとジジと真白は夜の散歩に出かけていた。エレナとヘンリーは食器洗いに勤しんでいる。
この時期は夜風が涼しく、とても過ごしやすかった。
「なぁジジ、なんでヘンリーは真白に厳しいんだろうな?」
「僕に言われても……。あいつは変わり者だから、考えてることなんてわからないよ」
不意にアルバートがジジに問うが、ジジは面倒くさそうに返答した。臆病なジジはヘンリーのことはあまり好いていないようだ。
「ふーん……。真白は何か心当たりとかある?」
「ううん。出会ったときからあんな様子だから……。ねぇ、いつもあんな調子なんですか?」
「いや、まぁぶっきらぼうなのはいつものことなんだけど。俺たちに対してあんな態度をとったことはないなぁ」
となると、わたしが悪いのかな……。真白は少し悲しい気持ちになった。せっかくの新しい家だが、このままやっていけるのか不安だった。
そんな様子を見て、アルバートが真白の頭を優しく撫でた。
「心配すんなって。俺から、事情を聞いてみるよ」
「ぼ、僕も聞いてみるよ」
「ありがとう……」
真白はアルバートとジジの優しさに涙が出そうになった。今までこういった優しさを味わったことがないからだ。だが、逆にこの優しさがある種の恐怖になっていた。
もしまた裏切られて、孤独に返り咲いたらと思うと、身体を弄りまわされる以上に怖かった。それだったらまだ、ヘンリーの態度のほうがマシに思えた。
真白は2人に見えないように体をぎゅっと押さえた。
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