26話 宝石の夜空

「バル・ドゥ・ソワール」のファイナルステージ。会場の熱気は最高潮に達し、ナツメとリリアは、とっておきのダンスを披露しようとしていた。彼らが選択したのは、二機の空戦ドレスの性能を最大限に活かした空中舞踏だった。


普段の戦闘では見せないような、優雅で、それでいて寸分の狂いもない動き。リリアのハイドラが放つ光の軌跡を、ナツメのクルセイダーが描き出すように追従する。二人は互いのドレスの特性を完璧に理解し、一糸乱れぬ動きで優雅に夜空を舞った。それは、空前絶後の技量で繰り広げられる、星屑のワルツ。観客は皆、息をのんでその光景に見入っていた。


会場全体が二人のパフォーマンスに魅了されていた、そのクライマックスの瞬間だった。

轟音と共に、会場を包み込むガラスのドームが砕け散る。


「!」


悲鳴が夜空に木霊した。観客はパニックになり、会場は一瞬にして混乱に包まれる。多数の無人機が、会場へと押し寄せてきたのだ。


ドレスは数多くあるが、空戦が可能なのは一握り。地上戦力は他の参加者に任せ、ナツメとリリアは、無人航空機の大群に立ち向かう。


「リリア!前衛を頼む!」


ナツメはあらかじめ襲撃を想定していたため、リリアとともに実戦装備で臨むことができていた。しかし、依然として苦しい状況に変わりはない。リリアが前衛で敵の数を減らし、その群れをすり抜けてきたものを、ナツメが的確に処理していく。彼らは、普段通りの実力を発揮して応戦した。



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数多の無人機を墜とし、満身創痍になりながらも、二人はどうにか被害を最小限に留めて防衛に成功した。お互い、武装は撃ち尽くし、ドレスに残されたエネルギーもわずかだった。


「……リリア、無事か?」


「うん。なんとかね」


お互いを抱きしめるようにして、二機のドレスは夜空を緩やかに降下していく。

炎を上げ、喧噪が響く会場とは対照的に、二人の周りには静けさが戻っていた。


眼下に広がる、パリの美しい夜景。その星屑のような光を眺めながら、リリアは意を決して口を開いた。


「今日改めて、わかったよ。僕たちに明日がくる保証なんて、どこにもないんだね。だから、今伝えるよ。ナツメ、僕は君のことが好きだ」


ナツメの心臓が、大きく跳ねた。


「ああ、ありがとう」


消え入りそうな声で、ナツメはなんとか答えた。その言葉に、リリアは眉をひそめる。


「それだけ?意味わかってる?」


「えっと、どういう意味だ?」


戸惑うナツメに、リリアはがっくりと肩を落とし、大きなため息をついた。


「告白以外に何があるのさ!かなり勇気を振り絞って言ったんだからね!」


ナツメの思考は、リリアの告白という衝撃と、自身の秘密、そしてテロという非日常の情報過多で、グルグルと迷走していた。

リリアには、愛おしさを感じている。それは間違いのない事実だ。しかし、今の自分の置かれた状況に彼女を巻き込むことには、強い抵抗があった。だから、突拍子のない言葉が口から出てきた。


「リリア。今まで隠していたんだが、実は私は男性なんだ。だから、君の想いに応えることはできない」


ナツメの告白に、リリアはキョトンとした様子で聞き返す。


「え、どうして?」


その言葉に、今度はナツメの思考が完全に停止する。


「え?」


「僕は別に、ナツメが女性だからとか、男性だから好きってわけじゃないよ。自分でも、わけわからないけど、ナツメがナツメだから好きなんだ。まあ、ナツメが男性だったらなぁ、と思ったこともあるけどね」


ナツメはリリアの想いを受け止め、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。周囲に嘘をついて生きていくことは心苦しかったが、リリアは、そんな自分でも受け止めてくれたのだ。


「ナツメが女性だったら、独り占めしたかったけど、男性となると話が変わってくるよね。少し動かないと……」


置き去りにされたナツメは、「それってどういう意味だ?」と弱々しく言うことしかできない。


「ナツメって、意外と鈍いところあるよね。まあ、独り占めできない理由は、これから嫌というほど分かるでしょ」


リリアの不穏な発言に、ナツメは戸惑う。


「まあ、今回の告白は、僕がナツメのものになるっていう宣誓だから、細かいことは後でいいよね」


「えっと、リリアはそれでいいのか?」


ナツメの問いに、リリアは微笑んだ。


「ナツメは逆に、僕と恋人っぽいことしたくないの?」


「えっと、それは、したいです」


消え入るような声でナツメは答える。それを聞いたリリアは、上機嫌に笑った。


「そういうことなら、これからもよろしくね!」


弾けんばかりのリリアの声が夜空に響く。二人のフライトも、あと少しで終わりそうだ。

スカイダイビングより刺激的な降下が終わり、ナツメは珍しく魂が抜けたように呆けていた。

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