27話 比翼連理(new)
心地よい温もりを感じながら意識が緩やかに浮上する。疲労からくる倦怠感はあるが、本懐を遂げた自分にとってはそれすら誇らしいように思えた。
心躍るダンスコンペ、息を吞む死闘、映画のような甘いロマンス、その全てが昨日という一日に凝縮されていた。いまどき三流の脚本家もこんな台本は書かないだろうと苦笑する。
これが夢ではないと確認するために、隣にいる愛おしい人の顔を覗き込んだ。
艶やかなブラウンの髪が整った顔に僅かにかかっており、リリアは無意識でその髪を掻きあげた。
無防備にそれを受け入れるあどけない寝顔にリリアの胸は高鳴る。
自分にとってナツメは命の恩人であり、頼りになる師であり、その背を追いかける好敵手であった。ただ、完璧に見えるナツメが時折見せる儚げな表情がリリアの胸をずっと締め付けていた。
ナツメが一方的にリリアに手を差し伸べるだけの存在だったらリリアはあの日ナツメに助けを求めることができなかった。リリアの抱える痛みに共感して、その苦難を自分のことのように案じてくれる人だったからこそ心を許すことができたのだ。
だから、あの日別れるときに、次に会うときは成長してナツメの力になると誓った。
本当は命懸けの戦いなんて震えるほどに怖かったけど、自分が戦わなければ最愛の人を守れないと思うと、なりふりなんて構っていられなかった。それに、自分が最も信頼している相手に背中を預けるなら何にだって立ち向かえる気がした。
昨日初めて実戦を経験したことによって、リリアは悠長に青春を謳歌することができないことを察した。そしてその場で告白することを決心した。
まあ、告白の受け答えは酷いものだったけど……。
彼が今まで歩んできた人生を思えば、告白に対して満点の回答をしろなんて言う方が無理難題だろう。
薄々予想していた通り性別は男性だったし、結果としては交際を了承してくれたのでリリアは内心完勝したような心地だった。
とはいえ、Aクラスコンペのタイトルホルダーの男性なんてこの世界にとって飛び切りの爆弾だ。さらに、彼が生み出された経緯を聞けばその秘密はいずれ公表される前提だろう。
どれだけ頭をひねろうとも、彼を自分一人で守ることは不可能だ。それどころか、自身のコア共振率を思えば、ナツメを狙うものにとってリリアはおいしいおまけともなり得る。
生まれて初めて自身が『もの』として扱われることを想像して身震いする。ナツメはずっとそのように扱われてきて、これから死ぬまで誰かに狙われ続けることを思うと、その悲惨さがよりリアルなものとして実感できた。
イノベイターの庇護下にあれば降りかかる火の粉は最小限だろう。しかし、リリアとイノベイターはナツメの身の振り方という点において完全に合意することはない。イノベイターはナツメの所有権を主張して戦いを強要するだろうし、リリアとしては自分とともにナツメには平穏に生きて欲しい。彼を守るという点においては部分的に合意できるが、最終的には最大の敵にすらなり得る。
どんな手段を用いても、最愛の人を守り抜く。
昏い決心がリリアのなかで固まる。
守るものを得た雛はこの瞬間、世界すら敵に回す龍になった。
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腕の中でわずかに動くものの気配を感じてゆっくりと瞼を開ける。柔らかな赤毛が目に写ると同時に、滑らかな素肌が触れ合う心地、人肌の温もり、少女特有の甘い匂い、体のあらゆる感覚が愛おしい人の存在をとらえていた。
得も言われぬ満足感が胸に満ちていた。ずっとこうしていたい、そう思わずにはいられない。
都会のくすんだ星空と花の都の夜景にはさまれてリリアから愛の告白を受けた。ひとりの人間として求めてもらえることへの歓喜と、自身が相手になにも返せないかもしれないという不安は振り子のようにナツメの心を揺らして、声を出すことすら難しかった。
それでも、リリアの勇気に触れたことで、自身の運命から抜け出して生きたいという想いがナツメの中に生まれた。
戦闘が終わり、後処理を専門家に任せたあとは手配してもらった車でホテルに帰った。部屋の前でリリアに「ひとりにしないで」と言われたときは心臓が止まるかと思ったが、覚悟が定まっていたことで、体が固まってしまうことはなかった。
二人きりになって見つめ合うとリリアがそれまでとは全然違ったように見えた。その容姿が文句なしに美少女と言えるレベルだというのは客観的に認識していたが、今までのナツメは他者と距離をとるためにそのあたりの感覚が麻痺している状態だった。
それが急に恋人としての認識に変わると、目もくらむような魅力が彼女から放たれているように見えた。それこそ、画面越しに見ていたものが急に目の前に現れたような錯覚すらあった。
そのあとはもう、お互いに手探りであったものの、それすらかけがえのない思い出になった。
ずっと抑圧されて生きてきたが、リリアに男にしてもらったことで、ありのままの自分でいていいと自然と思えるようになった。そして何より、人生で経験したことのない多幸感と全能感が身を包んでいた。
浮かれているという自覚はあったが、今だけはずっと背負い続けてきた重荷を下ろしても許されるだろうと、ひとり言い訳をして恋人を抱きしめるナツメだった。
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