第20話 揺籃

ナツメの元に招待状が届いた。

差出人はカオリ・タチバナ。中身は個人戦A級タイトルの『揺籃クエイクドクレイドル』の観戦チケットだ。

自身のタイトル戦を見せて自分のことを知ってもらおうとするのは、なんとも百華猟乱ティラノスらしいアプローチだとナツメは思った。


揺籃クエイクドクレイドルは閉所でのタイマン戦、いわゆる「ケージマッチ」形式で行われる。地上用の決闘特化ドレスである朱羅しゅらの性能が最も発揮される環境だ。朱羅は空戦能力こそ持っていないものの、人工筋肉によって装者の動きを高いレベルで再現できる。朱羅の装備は高周波ブレード2振りのみだが、カオリはたったそれだけの装備でこれまで無敗の戦績を誇り、その理不尽なまでの強さから百華猟乱ティラノスと呼ばれるに至った。


チケットは当然、ナツメ一人分だった。しかし、一人でのこのこ見に行ったことをエリとシェリーに知られたときにどうなるかを想像すると、ナツメは少し頭が痛くなった。

かといって、せっかくもらったチケットをすっぽかしては、カオリからのアプローチが今以上にこじれる可能性がある。

どう取り繕ったものか思案しながら、エクリプスのチームルームに向かうナツメの足取りは、いつもより重かった。


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結果から言えば、ナツメはひどい目にあった。


「はぁ!?ナツメさん、誘われた大会をのこのこ見に行くって、チョロ過ぎるにもほどがありますよ!?」


開口一番、エリからは散々な言われようであった。シェリーも呆れているようで、肩をすくめている。


「というか、カオリさんみたいなスタイルのいい美人が好みなんですか!?」


エリからの矢継ぎ早な問い詰めに、ナツメは困惑した。


「生まれてこのかた、恋愛をする機会もなければ、そんなことができると思ってもいなかったから、分からない……」


正直に白状すると、エリとシェリーは気まずそうに押し黙った。

シェリーは改めて、観戦に行く理由を問うた。


「しかし、なぜ揺籃クエイクドクレイドルを観戦に行く必要があるのだ?」


ナツメは、逆に聞き返す。


「パシフィック最強の戦いぶりを直接この目で見ることができるなら、断る理由もないだろう?」


シェリーは、ため息をついた後、「こういうやつだ」と呆れたようにエリをなだめた。


「仕方ありませんねぇ」


エリもまたため息をついた。秘密が露見して以来、二人、特にエリは、時おり保護者のようにナツメに振る舞うようになっていた。


ナツメとしては、付き合わせるのだから二人のチケット代は負担すると申し出たが、二人はそれには及ばないと辞退した。


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揺籃クエイクドクレイドルは、学園内に設置された巨大な鳥籠のようなステージで行われる。既に予選は先日までに終わっており、あとは挑戦者とタイトル保持者による決勝戦を残すのみだ。

挑戦者は、昨年もカオリに敗れたチーム「疾風迅雷」のアマネ・コウサカであり、この対戦カードは昨年と同じだった。宿命の対決に、会場の熱気は最高潮に達していた。


両選手が入場し、開始のブザーが鳴り響くまでのわずかな間、カオリは相手に話しかけた。


「再びこの場で戦うことができるってことが、嬉しいねぇ」


カオリの言葉に、アマネはわずかな違和感を覚えた。絶対王者であるカオリが、わざわざそんなお世辞を言うこと自体、普段の彼女からは考えられない。それでも、アマネにとってカオリは、目の上のたんこぶではあるものの、自分のように盤外戦術を用いるような人物ではないという、最低限の信頼くらいはあった。


「そんなお世辞を言うだなんて、どういう風の吹き回しだい?」


アマネが問うと、カオリはあっけらかんと笑った。


「いやなに、少し機嫌がいいというだけのことさ。まあ、骨のある相手が団体戦に専念するなんてつまらないことせずに、こうして力を磨いてここまで来てくれたことが、純粋に嬉しい」


無邪気に笑うカオリを見て、アマネは複雑な心境になった。目の前にいる相手は、獅子や虎と同じだ。人のように見えても全く違う道理で動いている。

それでも、この力の信奉者から戦いの面で敬意を表してもらえることには、悪い気はしなかった。

ただ、相手が楽しそうにしているのは、純粋な強者の余裕だ。こちらは、この戦いに楽しいことなんて何一つない。相手のように、強者との戦いに喜びを見出すことなんてできない。結局のところ、アマネが本当に欲しいのは、勝利と、その先にある栄光なのだ。


開戦のブザーが鳴り響き、両者はゆるりと距離を詰める。閉鎖されたケージの中、一触即発の空気が満ちる。

アマネは、やや地面から浮きながらも、袈裟斬りにブーストブレード『霹靂へきれき』を振るった。カオリという達人相手に後手を取ったところで活路はない。もちろん、先手を打ったところで圧倒的な優位があるわけではない。それでも、この一撃を放つことで、少なくとも一回の行動保障は得られる。

相手は、なんなくアマネの攻撃をいなすと、すかさず反撃をよこしてきた。アマネは鳴神の飛行能力で機体をわずかに動かし、その一撃を避ける。


幾合も地味な切り合いが続くと、カオリの剣からは喜色が漂っていた。アマネは、二人が初めて出会った時のことを思い出していた。


それは、アマネが15歳の時。剣道の全国大会の決勝戦で、二人は初めて相対した。相手が強いことは、十分に分かって臨んだ試合だった。しかし、結果として、その日アマネの人生は大きく変わることになった。

当時のカオリは、まさに飢えた肉食獣のようだった。アマネとしては、スポーツの大会に来たつもりが、殺意を持った戦士に唐突に遭遇したようなもので、本当にトラウマになった。

それでも試合は一方的なものではなかった。生命の危機を感じ取ったアマネは、ボロボロになりながらも、なんとか相手に食らいついた。皮肉にも、その数分間で、アマネの戦士としての力量は数段階引き上げられた結果となった。それっきり剣道はやめてしまい、アクトレスとしての道を志すことになったのだ。

まあ、すぐにアクトレスとなったカオリと再会を果たすことになるのだが。


あのころと比べれば、楽しそうに剣を振るうカオリは、幾分人間らしくなった。裏を返せば、彼女にとってドレスのコンペなど、余興に過ぎないともとれる。アマネは、それならば、このタイトルくらいはもぎ取ってやりたいと改めて思った。


演武のような剣劇の舞踏は、鍔迫り合いになったことで転機を迎える。アマネは鳴神と『霹靂』のブースターをふかし、朱羅を押し込んだ。さしもの朱羅も、地面に溝を作りながら後退を余儀なくされた。

アマネは、後退しながらも体勢を崩さないカオリに舌を巻く。迂闊に切り返そうとすれば、すかさず吾妻あづまを叩き込んでやろうと思っていたのだが、お互いに手の内を知り尽くしているので簡単にはいかない。


カオリは高周波ブレードの刃筋を立てて鳴神の剣に損傷を与えようとするが、アマネは巧みにそれを防ぐ。

カオリがブレードから片手を離し、二刀目を抜こうとした刹那、アマネはブースターを最大出力にして剣を押し込んだ。カオリは、冷静にその力を外側に受け流し、剣を逸らす。

アマネは勝負に出た。霹靂から手を放すと、朱羅の腕を掴む。そのまま短射程プラズマ砲『吾妻』を撃ち放った。視界を閃光が染め上げる。


カオリは、掴まれた腕を起点に、驚異的な身体能力で倒立をして躱していた。その曲芸をもってしても、倒立に使用した片腕は被弾判定を受け、沈黙した。

カオリは、地面に吸い込まれるように落下しながら、残った片腕で高周波ブレードを逆手で抜刀する。

丸腰になっていたアマネは、構わずカオリを殴りつける。鳴神は片腕を犠牲に、相手と距離をとることに成功した。そのわずかな隙に、アマネは霹靂を拾い上げる。


決着の一合。お互いが残った片手で剣を振り抜いた。アマネは自身の太刀筋が逸らされることを囮に、再度プラズマ砲『吾妻』を放つ。


しかし、それは僅かな光を放つにとどまった。カオリの一刀が閃き、すんでのところでプラズマ砲ごと鳴神を叩き切り、決着となった。

アマネは、届かなかったかと、息を吐いた。それでも、以前よりもカオリの背中に近づいていることを感じ、悪くない気分だった。


壮絶な決着に、会場は沸き返った。


しかし、その歓声も束の間。ステージを囲む檻を突き破ってなにかが飛来し、轟音と共に会場に落ちてきた。


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