第21話 死天使
落下してきた物体は、まさしく白を基調とした有翼のドレスだった。その姿は美しくも、どこか禍々しい威圧感を放っている。
アマネは、隣のカオリに短く問いかけた。
「……君のお客さんだろう?」
カオリは鼻で笑って、即座に否定した。
「こんなイカれた知り合いはいねぇよ」
所属不明機が、会場の混乱に乗じて攻勢を見せようと、その翼を広げた瞬間、ベテランの二人は反射的にドレスを実戦モードに切り替えた。アマネの鳴神も、カオリの朱羅も、コンペで致命打は受けていない。多少のエネルギー消費はあったが、戦闘継続に支障をきたすほどではなかった。
カオリは、一瞬の判断でアマネに声をかけた。
「お前さんの腕を見込んで頼みがある。オレがしばらく相手しとくから、いい感じのところで仕掛けてくれよ。できるな?」
「誰にものを言ってるんだ。奇襲は『陰雷』の領分だよ」
アマネは自分の字名にかけて奇襲を請け負うと、不敵に笑った。
「へっ」
カオリは短く笑い、所属不明のドレスに肉薄した。
--------------------
客席で観戦していたエリは、謎のドレスが乱入してきたとたん、血相を変えて立ち上がり、走りだそうとするナツメを慌てて引き留めた。
「ナツメさん!?」
「クルセイダーを取りに行く」
ナツメの声には、普段の冷静さが欠片もなく、言い知れぬ焦りが滲んでいた。エリは、冷静さを失っているナツメに対して、懸命に言葉を紡ぐ。
「待ってください!今から格納庫まで戻って準備をするには時間がかかりすぎます!その間に、自衛隊のスクランブルを受けた戦力が到着します。今の私たちにできることは、せいぜい観客の避難誘導を手伝うくらいです」
ナツメは逡巡した。自分のドレスに乗って、あの脅威に立ち向かいたい衝動が全身を支配していた。しかし、エリの主張は理にかなっている。重々しく同意したナツメは、奥歯を噛み締める。
--------------------
謎のドレス――白銀に輝く天使は、背中の翼から無数の銀色の羽根を、朱羅に対して嵐のように飛ばした。
カオリは、その銀の嵐をくぐり抜けながら、いくつか羽根を斬ってみた。しかし、銀の羽根は真っ二つに切られた状態でも、まるで生きているかのように動き続けるようだった。
その時、ナツメの大声が、カオリに届いた。
「打撃が有効です!粉々にしてください!」
ナツメの言葉を信じ、カオリは再び謎の機体に近づいた。振動を最大にした高周波ブレードの剣腹で羽根を打ち落とすと、見事に粉々に砕け散った。剣風で旋風が起きるほど高周波ブレードを振り回しながら、次々と羽根を叩き落としていく。
カオリは、一歩ずつ謎のドレスに近づいていたが、謎のドレスは大きく後ろへ飛んで距離を開いた。それなりの量の羽根を砕いたが、本体にある羽根はまだ半分も減っていない。それでも、カオリは不敵に笑った。その顔には、未知の強敵と戦える喜びが浮かんでいた。
一方で、戦況の観察に努めていたアマネは、相手の武装に明確な違和感を覚えていた。本体から離れたところであれだけの量の物体を、物理的な動力なしに動かす仕掛けに心当たりがなかったからだ。羽根は小さな刃となっており、動力源となるような機構は見られない。磁力操作なども疑ったが、朱羅には影響はなさそうだし、センサーにも反応がなかった。
理屈は分からない。しかし、この違和感が、相手の正体や目的と関係していそうだ。それに、ナツメの助言で、打撃が有効打になるという弱点も判明している。自衛隊の増援が駆けつけるまでの時間稼ぎは十分にできるように思えた。
ならば、少し博打を打っても許されるだろう。アマネの口の端が僅かに吊り上がる。
霹靂のブースターを空吹かしさせて、カオリに合図を送る。カオリは、その合図を理解した。二本のブレードをそれぞれプロペラのように振り回して羽根を弾き飛ばしながら、謎のドレスに接近を試みる。相手は今度は右に大きく飛んだが、そこにアマネが急接近して畳み掛けた。
「負け犬はお呼びじゃないんだけど」
意外なほど幼さを残す声が、アマネの耳に届いた。同時に、残されていた羽根の多くが、アマネに向かって飛翔した。
アマネは、視界を覆いつくすほどの攻撃の圧力にヒリヒリとしたものを感じたが、そこに勝機を見出した。垂直に上昇する。羽根は予想以上に速く迫ってくる。意を決して宙返りの軌道で下降する。霹靂のブースターを最大限に利用することで、先ほどと違って羽根との距離が開いた。それでも、高度を下げて相手を正面に捕らえたときに、砂嵐のように羽根の大群が迫っていた。
アマネは、胸部の『吾妻』を拡散モードにして出力最大で放った。眩い光が大量の羽根を灼き尽くす。
「小癪な」
再び苛立たしげな幼い声が響いたとき、カオリは全力で地面を蹴って跳躍した。
「お見事!」
宙にある鳴神の背を蹴って所属不明機に飛ぶカオリ。アマネの活躍を短く労う。
「踏み台なんてこれっきりだからね」
口ではそう言うものの、アマネは好敵手との共闘に確かな手応えを感じていた。
--------------------
揺籃の籠の天井近くに浮いていた正体不明の
カオリは、なんとか相手を攻撃圏内におさめたものの、さすがに宙に浮いている状態では普段通りとはいかなかった。そこで、体を捻って二刀を操り、時間差で同じ場所に剣を振るう。
甲高い金属音が響く中、所属不明機の爪が切断された。初撃で防御フィールドが限界を迎えたところに二撃目が加わったことで、完全に断ち切られたのだ。内部にも届いたようで、僅かに鮮血が舞い、悲鳴が響いた。
カオリは、地面を何度も転がることで衝撃を逃して着地した。相手の状態を確認すると、思ったよりダメージを与えられなかったことが確認できた。的確なアシストをしてもらった手前、少しバツが悪い。
カオリが次はどうしようか考える前に、所属不明機は手負いの獣のように一目散に逃げていった。
「なんだったんだ?」
ブレードを肩に担いで息を吐くカオリだったが、駆け寄ってくるナツメを見て少し気分が高揚した。完璧ではなかったが、そこそこ良いところを見せることができただろう。
「怪我はありませんか?」
ナツメはそう言ってカオリのドレスの至る所を確認する。想像していたよりも親身になって心配してくれる想い人に対して、カオリは柄にもなく照れてしまう。
「君、なにか知ってるでしょ?」
近寄ってきたアマネは、鋭い声でナツメに問うた。
その場面を見たエリは、額に片手を当てて項垂れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます