第17話 Reveal
入間基地での激戦から一週間後。学園には再び、穏やかな日常が戻っていた。エクリプスは、グランドマスターズでの劇的な優勝を果たし、チームとして揺るぎない絆を築き上げていた。今や、お互い以外のチームメイトなど考えられないほどに、彼女らの心は深く結びついていた。
ある種、引き返すことのできない段階にまで来ていたのだ。そんな中、ナツメの秘密、そして彼らを取り巻く根本的な問題と向き合う時が近づいていた。エリの心の中では、既にうっすらと仮説が立っており、それを真正面から受け止める覚悟が固まりつつあった。
グランドマスターズ優勝の興奮冷めやらぬ夕暮れ、ナツメはエリとシェリーに満面の笑みを向けた。
「エリの秘策、見事だったよ。シェリーの奮戦も、称賛に値する」
「ふん、当然だろう」
シェリーは鼻を鳴らしながらも、その表情には隠しきれない喜びが浮かんでいた。
「そこで、二人にご褒美を用意しようと思う。何か欲しいものはあるかな?」
ナツメの言葉に、エリは一瞬ためらい、意を決して口を開いた。
「ナツメさん。それなら……今度の日曜日に、三人でデートに行きませんか?」
「デート」という言葉に、シェリーはエリの顔を凝視した。いわゆる男女のそれではなく、女の子三人で遊ぶような、可愛らしいニュアンスが込められていることをシェリーは理解した。
ナツメの表情が、わずかに、しかし確実に強張ったのを、エリは見逃さなかった。ナツメはかろうじて動揺を抑えながら、作り笑いを浮かべる。
「すまない、エリ。実は、日曜日は疲労からあまり動けないんだ。体質的な理由でね……」
体質的な理由、という点ではまったくの嘘ではない。しかし、日曜日に動けないのには、別の明確な理由がある。
「それなら、ナツメさんのお部屋で映画を観ませんか?おすすめのものがあるんです」
エリの畳みかけるような提案に、ナツメの顔から笑みが消えた。緊張でじっとりと汗ばむのを自覚する。わずかな逡巡のあと、ナツメは観念したように承諾した。
「……分かった。それなら、部屋の掃除をしないとな」
ナツメが作り笑いを浮かべながら足早に去っていくのを見送った後、エリはシェリーに問いかけた。
「ねぇ、シェリー。エクリプスが好き?」
シェリーは間髪入れずに答えた。
「当然だ。このチームは我の誇りだ」
エリはまっすぐシェリーの目を見た。
「それなら……今度の日曜日、何があっても、私の味方でいてほしい」
シェリーは、エリの言葉の裏にある、尋常ではない覚悟を察した。少し考えた後、彼女は厳かに膝を突き、騎士の礼にのっとって誓いを立てた。
「我が剣にかけて誓おう。汝が望む限り、汝の盾とならん」
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日曜日。
シェリーは洋菓子店で買ったケーキを、エリは厳選した茶葉とティーセットを抱え、ナツメの部屋を訪れた。ノックすると、すぐに扉が開き、ナツメが彼らを中に招き入れた。
ナツメの様子は、普段接しているエリとシェリーにだけわかる程度に変化があった。全体的に落ち着かない様子で、特に視線は、普段からは考えられないほどさまよっていた。まるで、無意識で何かを目で追ってしまうことを必死で自制するかのように。他にも、二人との距離感を意識的に保とうとする様子が見られた。
ケーキを食べながら、エリは持ってきた映画のパッケージをナツメに見せた。それは最近話題のロマンス映画で、意外にもシェリーが目を輝かせた。
「ほう、この作品か!最近評判だな」
エリが「シェリーも女の子らしい趣味があったんですね」と茶化すと、シェリーは心外そうに「我とて女だ」と返した。エリが「ナツメさんは興味あります?」と水を向けると、ぼーっとしていたナツメは、曖昧に言葉を濁した。
映画が始まると、部屋にはソファがないため、三人はベッドに座り、壁を背もたれに鑑賞することにした。真ん中にナツメ、その両脇をエリとシェリーが固める形だ。
「……距離が近くないか」
ナツメは緊張した様子で訴える。エリは「これくらい普通ですよ」と答え、シェリーも「日本人の女性同士は距離感が近いものだと聞くぞ」と平坦に返した。仕方なく、そのまま映画を観ることにしたナツメは、ぎこちない様子で画面を見つめていた。
映画が終わり、シェリーとエリは大満足の様子で感想を語り合っていたが、真ん中のナツメは、すでにぐっすり眠っていた。疲労のせいか、それとも極度の緊張が解けたためか。
シェリーは、そんなナツメの寝顔を一瞥すると、おもむろにエリに問いかけた。その声には、今日の誘いが単なる「デート」ではないことを知っている、真剣な響きが込められていた。
「エリ、今日の狙いは?」
それは、ナツメが隠している秘密に切り込む覚悟を問う意味も含まれていた。
エリは質問を無視し、静かに話し始めた。
「……お手洗いをお借りした際に、気づいたんです。トイレ内のどこにも、生理用品がなかった」
あまり鋭くないことを自認するシェリーにも、その意図することは明確にわかった。しかし、ナツメの
「確かめてみれば分かります」
エリは、そう言うと、眠っているナツメの腹部にかかるブランケットをそっと剝ぎ取った。
その下には、ナツメが履いているショートパンツの股間が、怒張しているのが見て取れた。
息を飲む二人。
呆然とした様子で、何かの間違いだと、シェリーが震える手でそれに伸ばした。軽く触れると、眠っているナツメは、苦悶と悩ましさが混じったような、か細い声を上げた。シェリーはそこで頭が真っ白になり、固まってしまう。
エリは、そんなシェリーをよそに、ナツメのショートパンツの裾をめくりあげた。そこには、遠い記憶の中でエリの父が持つものと同じもの、そして自分たちにはないものが、確かにあった。
シェリーの素っ頓狂な悲鳴が部屋に響き渡った。
ナツメが気だるげに目を開けた。
目を開けて見えた光景に、ナツメは悲鳴をあげる。弾かれたように飛び上がり、二人から距離をとり、床にしゃがみこんで体を隠した。
しばし気まずい沈黙が流れるが、ナツメがやっと口を開く。
「……いつから気づいていた?」
エリは、冷静に答えた。
「ナツメさんのコア共振率を知った時です」
ナツメは、あえて沈黙した。一般的な男性の共振率は50%を上回ることがない。自身の63%という数値から、男性であるという事実が露見するとは想定していなかったのだ。
「『臨界者』」
エリは、短く、しかし確信に満ちた言葉を返した。それは、コア共振率が100%を超えた、特別な存在を指す言葉だった。男性の共振率が女性の半分であるというなら、その「臨界者」の息子の共振率がどうなるか……その答えが、ナツメ・コードウェルだった。
専門家でなければ知り得ないような知識と、卓越した推理力をもって核心を当てたエリに、ナツメは力なく、両手をあげた。それは、降参を明示するものだった。
エリは尋ねた。
「私の推理力は、ナツメさんの想定外でしたか?」
しかし、答えは意外なところから返ってきた。未だ固まったままだったシェリーが、震える声で静かに言い放ったのだ。
「いいや、ナツメは……気づいて欲しかったのだろう。助けて欲しかったのだろう」
シェリーの言葉に、ナツメは顔を背けた。その頬には、きらりと光る筋が走っていた。エリはそこで、ナツメが頑なに自分たちと距離を保てば、こんな形で露見することはなかったのだと悟る。
どうしていいか分からず立ち尽くすと、シェリーがエリの手を引いて、ナツメのもとまで導いた。シェリーはそのまま、その大きな体で、震えるナツメと、茫然としているエリをまとめて抱きしめた。
きっと、これから長い話になる。
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