第8話 君、正座ね

優勝から一夜明けた朝。アストラルのミーティングルームでは、昨日の激戦の余韻が残る中、三人のアクトレスたちが決勝戦の振り返りを始めていた。しかし、その場にはどこか独特の緊張感が漂っていた。




「うぅ……足が、足が苦しいっス……」




アン・レヴィは、慣れない正座をさせられ、苦悶の表情を浮かべていた。イギリス人である彼女にとって、このような懲罰は苦痛でしかないようだ。


リリア・ドレイクは、そんなアンを一瞥することなく、冷静にホロディスプレイに映し出された昨日の戦闘データを見つめていた。




「現実的に言えば、エクリプス相手には消極策をとって膠着状態を作り出すのが最善だった。しかし、それでは目も当てられない塩試合になる」




リリアは自嘲気味に呟いた。リリアにとって勝利こそ至上であるが、好敵手であるナツメとの晴れ舞台でそんな無粋なことは到底できなかった。


アンは、その言葉を聞いて、ハッと顔を上げた。




「へへ、それって、アタシの行動が世紀の名勝負を生んだんスね!」




得意げに笑うアンを見て、リリアは無言で冷笑を浮かべた。その冷たい視線を受けた瞬間、アンは全身の毛穴が開き、背筋が凍りつくような感覚に襲われた。




「ひぃっ!すみません!調子に乗りましたぁ!申し訳ありませんでしたあぁ!」




アンは悲鳴を上げながら、再度頭を床に擦り付けた。


キャシー・フロストは、冷静に口を開いた。




「最終的には、長期戦を選ぶ他なかったでしょう。私たちが攻めあぐねるくらいには、エクリプスは強力なチームだと認めざるを得ません」




キャシーは率直に相手の作戦の優位性を認めた。特に、ナツメ・コードウェルと彼が操る「クルセイダー」に関しては、リリアから十二分に情報がもたらされていたにも関わらず、最後まで好きに動かれてしまっていた。




「うん、それでこそ僕のライバル」




リリアは満足そうに同意した。ナツメのことを評価し過ぎて誰の味方だかわかったものではない。




「それにしても、シェリー・ブロウニングの動きも想定外だったわ。あの曲芸じみたアンカー捌き、事前の想定を大きく上回っていたわ」




キャシーの言葉に、アンが膝を叩いた。




「あっ!そういえば、キャシーがアンカーに掴まれた時、リリアがワイヤーを狙撃して助けたんスよね!あれ、超かっこよかったっス!」




アンは興奮気味に称賛の言葉を並べた。キャシーも頷きながら、リリアの方を向いた。




「ええ、あれは助かりました。それにしても、リリア……あんなことまでできたの?」




リリアはカラッと笑い、肩をすくめた。




「あんなの、10回やったって、もう1度できるかどうかだよ」




リリアはそう言ったが、アンは内心「10回に1回ならできるかもしないんスね……」と、その超人的な技量に改めて感心した。




気を取り直してアンは得意げに言った。




「でも、エクリプスにもつけ入る隙はありましたよ!エリ・ホシノは、まだ実戦経験が浅いっス。彼女が一番の弱点っス!」




「どの口が言うのかしら」




キャシーは呆れたようにアンを見たが、概ね同意だった。エリの動きには、経験不足からくる躊躇や判断の遅れが見て取れた。


一方で、リリアは意味ありげにニヤニヤしながら、その問いへの回答を避けた。




「どうかな?」




リリアについてよく分かっているつもりのキャシーでも、その真意が分からず、自分の思考に見落としがないか思案したが、答えは見つからなかった。




「僕らをここまで追い詰めたナツメが、考えなしに実績のない生徒を勧誘したとは思えない」




リリアは静かに主張した。キャシーは「買いかぶり過ぎでは?」とたしなめたが、リリアは首を横に振った。




「シェリー・ブロウニングが一線級の戦士であることは、君も知っているだろう?他にも上位の実力者がいた中で、ナツメがなぜエリ・ホシノを誘ったのか。不自然に感じないか?」




キャシーは政治的な力学が働いたのではないかと返したが、それが苦しい反論であることは、自分でも自覚していた。




そして、キャシーは一つの可能性に思い至った。それは、奇妙なほどにアストラル自身のメンバー構成と重なるものだった。




超エリートのテストアクトレスであるリリア・ドレイク。軍に所属し、実戦で叩き上げたベテランのキャシー・フロスト。そして、実績はまだないが、その才能は紛れもない原石であるアン・レヴィ。アストラルは、二人のベテランのフォローでアンをパワーレベリングするような形になっている。


それが、もしエクリプスにも当てはまるとしたら?




経歴不詳の超実力者であるナツメ・コードウェル。騎士の叙勲を受けるほどの功労者であるシェリー・ブロウニング。そして、実戦経験もなく、これと言ってコンペティションで活躍しているわけでもないエリ・ホシノ。




奇妙なほどに、構図が似ている。




「なるほど……」




キャシーは思わず声を漏らした。だが、それにしても、コンペティションで才能の片鱗を見せたアンに対して、どこを切り取っても平凡に見えるエリ・ホシノが、むしろ不気味に思えてきた。


リリアは、キャシーの表情から答えにたどり着いたことを察して、満足そうに口角を上げた。




キャシーは最後に、「クルセイダー」についてリリアに尋ねようとした。戦ってみて確信したことだが、あのドレスから、他のドレスを凌駕するという設計思想が、あまりにも強く漂っていることを、ドレスマニアであるキャシーは見過ごせなかった。あれではまるで、ドレスを狩るためのドレス――。




そう言おうとしたところで、リリアはウインクをしながら人差し指を唇に当てた。リリアも同じことを感じているが、今は言葉にするな、ということだろう。




その時、足が痺れて完全に限界に達したアンが、「痛いっス~!」と転げ回りながら喚きだした。それをきっかけに、ようやくミーティングは終了となった。

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