第4話「さくらの覚醒」(さくら視点)

【前回までのあらすじ】

純潔の血を得て絶大な力を手に入れた短毛丸。その猛攻にスニク様さえもが追い詰められていく。一方、桐人を追いかけて来た、忠清に相対した、秀豊は秘技を使って忠清の脚を切り飛ばす事に成功する。しかし、短毛丸の能力にスニク様は撤退の決断をする。

—————————————————


————さくら視点


(なぜ、私はいつもこうなのでしょうか)



屋敷の中から、庭で繰り広げられる死闘の気配だけを感じることしかできない。


桐人が傷つき、お爺様が命を懸けて戦っているというのに、私は短毛丸の能力の影響で体に力が入らず、ただ無力に待つことしか許されない。



(また、守られているだけ……)



三年前の記憶が、悪夢のように蘇る。


両親が私を熊本に残し、福岡へと向かったあの日。


「すぐに戻るから」と微笑んだ母の顔。


それが、私の見た最後の姿だった。


吸血鬼に両親が殺されたと知った時、私の心は憎しみと、そして何もできなかった自分への激しい自己嫌悪で満たされた。



あの時、私にもっと力があれば。


せめて、一緒に戦う覚悟があれば。


結果は何も変わらなかったかもしれない。


それでも、ただ守られるだけの無力な子供ではなかったはずだ。



(もう、あんな思いはしたくない。守られるだけの自分は、もう嫌……!)



私は、そんな思いから、動かない身体を引きずって、庭へと出た。



その時だった。


東屋が吹き飛んだ場所から、スニク様が弾き飛ばされるようにして庭の地面を転がった。


白銀の毛並みは土と血で汚れ、その呼吸は苦しげに乱れている。



「なぜじゃ……! 確実に捉えておるのに、妾の爪が奴の体に届かぬ!」



スニク様の苦悶の声が、私の耳に届く。


続いて、強化された短毛丸が、まるで凱旋将軍のように悠然と姿を現した。



「無駄だと言ったはずだ、白テン。純潔の血を得て、俺の力は完成した」


「その名も《血影返魂鏡(けつえいへんこんきょう)》。貴様の攻撃は、全て貴様自身に返る!」



攻撃を、反射する……?


そんな能力が、この世に存在するというのか。


絶望が、冷たい霧のように私の心を覆っていく。


桐人も、お爺様も、そしてスニク様でさえも、あの化け物には勝てないというのか。



(結局、私はまた、大切な人たちが傷ついていくのを、ただ見ていることしかできないの……?)



自己否定の念が極限に達した、その瞬間だった。



私の右腕が、カッと熱を持った。服の上からでも分かるほどに、熱い何かが奔流のように溢れ出す。


体の奥底、魂の核とでも言うべき場所へと、今まで感じたことのない、熱く、そしてどこか懐かしい力が流れ込んでいく。



(これは……!)



三年前のあの日から、ずっと私を苛んできた憎しみと自己嫌悪。


その負の感情が、この熱い力の奔流の源になっているのが分かった。


痛みと悲しみが、私の中で新たな力へと変わろうとしている。



「私も、戦います!」



私は、震える足で立ち上がった。


もう、力が入らないなどという感覚はない。


むしろ、力が漲りすぎて、体が内側から張り裂けそうだ。


壁に立てかけてあった自分の刀を手に取り、私は庭へと飛び出した。



「さくら! 来るでない!」



スニク様の制止の声が聞こえる。


だが、もう私の耳には届かない。


私の瞳は、両親の仇と同じ吸血鬼である、あの男——短毛丸だけを捉えていた。



「はあっ!」



気合と共に、私は短毛丸の懐へと踏み込む。


私の動きに、短毛丸の目が初めて驚きに見開かれた。



「なっ!?」



私の刃が、彼の自慢の防御をいとも容易く切り裂き、その右腕に深い一筋の赤い線を描いた。確かな手応え。



だが、それと全く同時に、私の右腕にも、痛みが走った。



「ぐっ……!」



焼けるような痛み。しかし、その痛みが、私の内なる炎をさらに燃え上がらせる燃料となった。



(痛い……でも、この痛みが、私を強くする!)



私は歯を食いしばり、さらに強く、速く、二撃目の斬撃を繰り出す。


今度は短毛丸の右肩を狙った。


刃が肉を裂き、骨を断つ感触。



短毛丸の右肩から血が噴き出し、左手で、右肩を抑え、片膝をついた。


いける。私の攻撃が短毛丸には通用する。



短毛丸への攻撃、それと同時に、私の肩にも、激痛が返ってきた。



でも、気にならない。痛みこそが、私が戦っている証。私が、守る側に立っている証なのだから。



そして、その痛みがさらに私に力を与えてくれる。



私の中でさらなる力が湧き上がってくるのを感じて、


三撃目。今度は首を狙う。


この一撃で、全てを終わらせる。そう思った瞬間だった。



「さくら、やめよ!」



スニク様が、私の体と短毛丸の間に滑り込んできた。



「なぜ止めるのですか! 今なら!」



「分からぬか! さくら、其方の力は、その身に受けた痛みを糧に増大する」


「じゃが、短毛丸の能力は攻撃を反射する」


「其方が奴を斬れば斬るほど、其方自身も傷つき、そしてその痛みが其方の力をさらに増大させる」


「じゃが、その増大した力で奴を斬れば、さらに大きな痛みが返ってくる! それは破滅の連鎖じゃ!」


「二人の能力は、最悪の相性なのじゃぞ!」



スニク様の言葉に、私は凍りついた。最悪の、相性……。



膝から、力が抜けていく。


せっかく手に入れたこの力も、この敵の前では、自らを滅ぼす呪いでしかないというのか。



(結局、私は……また、守られるだけの……)



地面に両膝をつき、私の目から、熱い涙が止めどなく溢れ出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る