第4話「月下の包囲網」
【前回までのあらすじ】
タワーマンションのパーティーで、桐人は木下や山本とは離れ一人佇んでいた。そこで、謎の美女・桜夜と出会う。
————————————————————
「私は桜夜。桜に夜って書いて『さや』って読むの」
金髪ツインテールの女性が自己紹介した。
(桜…さくらも桜夜も…名前に桜がつくと巨乳になる法則でもあるのか?)
俺の視線に気づいたのか、桜夜が小首を傾げた。
「ねえ、じっと私の胸を見て何を考えてるの?」
「いや、失礼。胸を見ていた訳じゃなくて…」
俺は慌てて言い訳を考えた。
「メロンを育てる時は近くに桜を植えた方がいいって、昔どこかで聞いたことを思い出してたんです」
「何それ? 面白い発想ね。君は夕張の人?」
(東京の人はメロンといえば夕張なのか)
「いえ、自分は九州の熊本です。ちなみに熊本は北海道よりメロンの生産量多いんですよ」
「へえ、そうなんだ。勉強になるわ」
桜夜が楽しそうに笑う。そして、ふと真顔になって呟いた。
「でも、見たいものを見るのは悪いことじゃないと思うけど?」
「え?」
「欲しいものを欲しがるのも、ね」
桜夜は意味ありげに微笑んだが、すぐにまた楽しそうな表情に戻った。
その笑顔を見ていると、また頭がぼんやりしてきた。
「桜夜、ここにいたのか」
突然、俺の右隣から男の声がした。
(!? いつの間に)
タキシードを着た男が立っていた。
仮面舞踏会で使うような白いマスクで目元を隠している。
鼻と口しか見えていないのに、イケメンオーラがすごい。
全く気配を感じなかった。
桜夜といい、こいつといい、どうなってるんだ。
「あ、吉井さん。この子は桐人君っていうの」
桜夜が俺を紹介する。
「ね、吉井さん、この少年すごい逸材じゃない?」
「ああ、桜夜と話しているのを後ろから少し見ていたんだが」
吉井と呼ばれた男が俺を品定めするように見つめた。
「重心の移動が達人クラスだ。君はいったい何者なんだい?」
「それを言ったら吉井さんこそ何者ですか」
俺は警戒心を隠さずに言った。
「隣に来るまで全く気配を感じ取れなかったですよ。俺、動体視力はかなり自信あるんですけど」
「この格好を見たらわかるだろ?」
吉井がマスクに手をやる。
「僕たちは黒い月の人たちと戦っているんだよ」
(黒い月? なんだそれ、中二病か?)
「それより君は今日は誰の伝手でここに来たんだい?」
俺は下の階を見下ろして、友人たちを指差した。
「えーと、そこのミニスカポリスとじゃれあってる二人が友達です」
次にマヤを探す。
赤い髪が人混みの中で目立っていた。
「で、あっちの赤い髪の悪魔コスプレのお姉さんに、このタワマンの下で声をかけられて来ました」
吉井がマスクの下で目を細めた気がした。
桜夜も一瞬、表情が変わった。
* * *
「ねえ吉井さん、桐人君、熊本出身なんですって」
桜夜が話題を変えた。
「へえ、君は熊本出身なのか」
吉井が興味深そうに聞いてくる。
「もしかして、化け物みたいに強い老人を知ってるかい?」
「たぶん知ってますよ。そんな化け物みたいな爺さんが何人もいたら困りますし」
(間違いなくさくらの爺さんのことだな)
「ちょうどその爺さんに言われて、この後、沖田総司の墓を見に行ってくるつもりなんです」
「そうか、君はあのご老人の弟子なのかい?」
「弟子じゃないですけど、何回か稽古はつけてもらいました」
正確には、ボコボコにされただけだが。
「なるほど、きっと君はご老人のお気に入りなんだろうね」
吉井が納得したように頷いた。
「ちなみに沖田総司の墓は、このマンションを出て歩道橋を駅と反対側に行くと公園があって、その裏あたりだよ」
「ただ、お墓自体は一般公開してないし、この時間はお寺の門も閉まってると思う」
(そうか、仕方ねえな。近くまで行って手を合わせてくるか)
「そうだ、桐人君。今日僕たちが出会った記念にこれをあげよう」
吉井がどこから取り出したのか、25センチくらいの黒い棒を右手に持っていた。
金属のような、でも違うような不思議な材質だ。
「これは…?」
「いざという時に役に立つはずだ。ここをこうして握って使うんだよ」
吉井が握り方を実演してみせる。
「あ、ありがとうございます」
(なんだこの棒? 警棒みたいなもんか?)
「じゃあ、私もプレゼント」
桜夜がそう言うや否や————
俺の左頬に唇が触れた。
(まじかよ、また躱せなかった)
柔らかい感触と、甘い香りが残る。
「ふふ、照れてる桐人君も可愛いわね」
最近、化け物じみた人たちに会いすぎだろ。
階下を見ると、木下と山本はまだミニスカポリスと楽しそうに話している。
(よし、ちょっと中抜けして墓の近くまで行ってみるか)
「それじゃ、俺はそろそろ」
「気をつけてね、桐人君」
桜夜が意味深な笑みを浮かべた。
「東京の夜は危険がいっぱいだから」
* * *
吉井の言った通りに歩くと、すぐに公園に出た。
六本木さくら坂公園。
ロボットの装飾があちこちにあって、長さの違う滑り台がいくつも連結している複合遊具があった。
夜の公園は人気がなく、街灯の明かりだけが頼りだ。
(あっちが登り口か。短い滑り台から順に並んでるんだな)
子供の頃を思い出して、ちょっとワクワクしてきた。
「せっかくだし、一番長いやつまで行ってみるか」
複合遊具の一番高いところまで登る。
目の前には六本木ヒルズのレジデンスがそびえ立っていて、窓の明かりがいくつも灯っている。
(金持ちが住んでるんだろうな)
スマホの地図で沖田総司の墓がある方向を確認し、そちらに向かって手を合わせた。
(天才剣士で、病弱で、女に興味がなかったんだっけ? 最後の部分だけ俺と同じだな)
「よし、滑るぞ」
くるくる回る長い滑り台を滑り降りる。
樹脂製の滑り台のせいか、静電気がすごい。
下に着いて金属製の手すりに触れた瞬間————
「痛っ!」
バチっと火花が散った。
(なんか楽しくなってきたな)
童心に返って、何回も滑り台を滑った。
三回目に滑り降りたところで、滑り台の出口にくたびれたスーツを着た中年男性が立っていた。
危うくぶつかりそうになる。
「おじさん、滑り台の出口に立ってたら危ないですよ」
男性はこちらを向いた。
焦点の合わない、虚ろな目。
そして次の瞬間————
男が突然殴りかかってきた。
* * *
「うお、なんだいきなり!」
俺はその拳を紙一重で躱す。
(遅えな。俺の動体視力なら楽勝だ)
キレやすい中年って聞いたことあるけど、いきなり殴りかかってくるなんて東京は物騒だな。
男は大振りのパンチを空振って、バランスを崩して派手に転んだ。
「おじさん、酔ってるんですか?」
俺が距離を取って声をかけると、男の後ろから新たに二人の男が現れた。
一人は顔中にピアスをつけた若い男。
もう一人は青いジャージを着た男。
二人とも、さっきの中年男性と同じ虚ろな目をしている。
(なんだこいつら、まともじゃねえ)
三人は無言のまま、俺を囲むように動き始めた。
「おい、何の恨みがあるんだよ」
返事はない。
ただ機械的に近づいてくる。
ピアス男が殴りかかってきた。
続いてジャージ男も。
(遅い、遅すぎる)
俺は最小限の動きで攻撃を躱していく。
でも、こいつらは倒れても倒れても起き上がってくる。
まるでゾンビみたいだ。
(きりがねえ。ここは————)
「三十六計逃げるに如かず!」
俺は包囲網の隙間を見つけて、公園の出口へ向かって走り出した。
すると————
パチ…パチ…パチ…
ゆっくりとした拍手の音が、夜の公園に響いた。
見ると、出口に立っている人影が————
「あら、あなた、すばしっこいわね」
赤い髪をなびかせて、悪魔コスプレのマヤが立っていた。
優雅に拍手を続けながら、妖しく微笑んでいる。
月明かりに照らされた八重歯が、牙のように鋭く光る。
(なんでこのタイミングで?)
「すごいわ、あの子たちを相手にこんなに動けるなんて」
パチ…パチ…
拍手をしながら、マヤがゆっくりとこちらに歩いてくる。
【次回予告】
ついにマヤが本性を現し、桐人に魔の手が迫る。桐人の運命やいかに。
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