第2話「タワーマンションへの罠」
【前回までのあらすじ】
東京観光を楽しむ桐人たち。しかし浅草寺で引いた凶のおみくじと、誰かに見られている感覚が不安を募らせる。
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バスに10分くらい乗ると六本木に着いた。
「ここが六本木か。上に高速道路が走ってて、なんかいまいちピンと来ねえな」
俺が呟くと、山本が苦笑した。
「桐人、そう言うなよ。こっちへついて来い」
六本木の交差点で左に曲がると、巨大なビルがそびえていた。
ガラス張りの壁面に夕日が反射してまぶしい。
「ほら、あれが六本木ミッドタウンだ。上にはリッツカールトンが入ってるんだぜ」
「リッツカールトン、すげー」
(木下、語彙が死んでるぞ)
「確かにでかいビルだな」
「なんだ桐人、テンション上がってねえな」
山本が不満そうに言う。
「だってよ、渋谷にもでかいビルいっぱいあったじゃねえか」
「まあいい。地下にもぐって六本木ヒルズ行くぞ」
地下への階段を降りながら、俺は背中がぞくっとした。
(さっきから感じてる視線の正体は何なんだ?)
六本木の街並みは華やかだが、その裏に何か得体の知れないものが潜んでいるような————
そんな違和感が拭えない。
(爺さんの言ってた「凶兆」ってやつか)
地下通路もすごい人だ。東京はどこに行っても人で溢れている。
また、視線を感じるが、振り返っても誰もこちらを見ていない。
でも、確実に誰かに見られている感覚がある。
* * *
「エスカレーター長えな。六本木ヒルズすげえ!」
木下がエスカレーターを一段飛ばしで駆け上がっていく。
「おい木下、危ねえぞ」
先に着いた木下が両手を上げて叫んだ。
「ろっ・ぽ・ん・ぎヒルズ!」
「いや、むしろギロッポンヒルズ!」
(相変わらず騒がしいやつだ)
エスカレーターに乗っていると、また視線を感じた。
今度は間違いなく後ろからだ。
「桐人、どうした?」
振り返る俺を見て、山本が聞いてくる。
「なんか視線を感じねえか?」
「いや、特には感じないけど……気のせいじゃねえか?」
山本も一緒に後ろを見てくれたが、怪しい奴はいなかった。
普通の観光客や買い物客ばかりだ。
「おーい、二人とも何やってんだ!」
上から木下が呼んでいる。
「桐人はさっきから挙動不審だな。また胸でも見てたんだろ」
木下がニヤニヤしながら言う。
「むしろ堂々とチラ見した方がまだマシだぞ」
「木下、俺は胸なんか見てねえよ」
(まあ、周辺視野で捉えてはいるけどな)
「とりあえず写真撮りに行くぞ。写真映えするスポットがあるんだ」
山本が慣れた様子で先導する。
木下は「こんなところに映画館あるのかよ」「カフェがいちいちおしゃれ」と騒ぎながら写真を撮りまくっていた。
「山本、高校卒業したら東京の医大行くのか?」
「ああ、親父の母校だしな。最終的には家を継ぐんだから、学生の時くらい東京で遊んでおけって親父が言うんだ」
「いいな、将来が決まってて」
「桐人はどうすんだ?」
「俺か? まだ決めてねえな」
俺は山本と話しながら、周辺視野で周りを観察していた。
(OLっぽい人が多いな。スーツでもあんなに揺れるもんなのか)
歩いていると、また背後から視線を感じる。
今度ははっきりと、誰かがつけてきている感覚だ。
「よっしゃ着いたぞ。この歩道橋の上から左を見ると東京タワーが見えるんだ」
「うおー、夕日に照らされた東京タワー! エモい!」
木下が興奮している。
「なんだあのでかいルイヴィトン! ガードマン立ってるぞ」
「あれは旗艦店だからな。中に入るだけで緊張するらしいぜ」
「ほらほら寄れよ、写真撮るぞ」
山本が長い腕を伸ばして自撮りをしていると————
「君たち、マヤが撮ってあげましょうか?」
振り返ると、そこには赤いウェーブのロングヘアの女性が微笑んで立っていた。
* * *
(なんだこの露出度は……)
エキゾチックな顔立ちで、笑うと口元から小さく八重歯がのぞいている。
へそ出し、谷間出し、太ももまで全部出し。
黒い光沢のある服は、まるでセパレートの水着みたいに布面積が少ない。
その上から薄手の赤いコートを羽織っていたが、前は開けっ放しだ。
小さなバッグを斜め掛けにしていて、紐がちょうど谷間を通っている。
(グランドキャニオンを流れるコロラド川みてえだ)
年齢は大学生くらいか、それとももう少し上か。
妖艶な雰囲気が漂っている。
「さあ、スマホ貸して。はい、もっと寄って! チーズ!」
女性は慣れた手つきで何枚も写真を撮ってくれた。
「なんか元気ないわね。頭の上で三角作って東京タワーってやるとか」
(それエッフェル塔でやって怒られたやつじゃねえか)
「もういいかしら? あ、マヤも一緒に写っていいでしょ?」
女性が俺と山本の間に割り込んできた。
甘い香りがして頭がくらっとする————
(やべえ、上から見るとグランドキャニオンに吸い込まれそうだ)
「はい、もう一枚!」
何枚か撮り終えると、女性は山本にスマホを返した。
「インスタやってる? マヤのアカウントはこれだから」
自分のスマホの画面を見せてくる。
フォロワー数が5万を超えていた。
「フォローしてね♪ 君たち高校生? これからどうするの?」
お姉さん——マヤが歩道橋の向こうにそびえるタワーマンションを指さした。
「今からあそこの最上階のラウンジでホームパーティーなんだけど、来ない?」
(は?)
「仮装パーティーだから、『大学入ったばかりで高校生のコスプレしてます』って言えば大丈夫よ」
やっと思考が再起動した木下が目を輝かせた。
「お姉さん、六本木のタワマンでホムパって、もしかして港区女子ってやつですか?」
「あはは、そうかもね。今日の主催者は美容外科グループの院長先生なのよ」
マヤが甘い声で説明する。
「医者とか起業家とか、いろんな人が来てるわ」
「おい山本、美容外科の院長だってよ。お前どうせこっちの医大来るんだろ?」
木下が山本の肩を叩く。
「つながり持っとくのはいいんじゃねえか?」
(いや、これ絶対やばいやつだろ)
怪しい絵とか売りつけられるか、もっと悪いことに巻き込まれるパターンだ。
「俺たち高校生だし、そういうのは……」
俺が断ろうとしたが————
「あら、つまらない。せっかくの修学旅行でしょ? 思い出作りよ」
マヤが俺の腕に手を絡めようとしてきた。
————が、俺は反射的に身体をひねって躱していた。
(危ねえ、つい癖で)
「あら?」
マヤが一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた。
「反射神経がいいのね。スポーツでもやってるの?」
「いや、別に……」
(動体視力には自信あるんだよな)
マヤの目が一瞬、値踏みするように細められた気がした。
「じゃ、決まりね。ついてきなさい」
マヤは妖艶な微笑みを浮かべながら、山本と木下の背中を押して歩き出した。
振り返った時、マヤの八重歯がきらりと光った。
まるで牙のように鋭く見えたのは、夕日のせいだろうか。
(マジでやばい予感しかしねえ)
でも、二人がもう行く気満々になっている以上、俺だけ帰るわけにもいかない。
仕方なく俺もついていくことにした。
【次回予告】
タワーマンションのパーティー会場で、桐人はコスプレをした謎の女性と出会う。華やかな空間の中で、桐人は運命の人物たちと次々に遭遇していく。しかし、その裏では恐ろしい罠が着々と準備されていた。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
六本木ヒルズのけやき坂にかかる歩道橋からは実際に東京タワーが見られます。
冬はライトアップされるので、半端ない人手ですが、近くを通りかかったら寄ってみてください。
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