第31話 side02 崩壊のキャロル

 現状、僕がするべきことは二つだ。


 一つは、紀里谷花音を危機に晒したリアクトの根源を探すこと。

 そして、もう一つは、虎の姿をしたリアクト―――サイコリアクトの正体を探ること、だろう。


 前者はそこまで問題ではない。最近耳にする死体消失事件と何らかのかかわりがあるはず。それを調べれば、解決するだろう。無論、そうでない可能性も大いにある。

 まあ、超常的な事件とも言い換えれば、納得のいく話にはなるはず。


 問題は後者だ。

 情報源の神代という男―――紀里谷花音はあまり深く話せないようだし、もう一人の板倉芙美に話を聞くのもほぼ不可能だろう。


 思いのほか情報源は近い位置にあるのに、どうにも手が届かない。


 彼ならうまくやるのだろうが、僕はその肝心のやり方がわからない。どうすればいいのか。


 「……どうしたの、零蘭君」

 「なんでも―――ないことはないか。あの怪人騒ぎについてだよ。まあ、騒ぎと言っても、今それを認知しているのは僕たちだけなのだけれどね」

 「う、うん……もしかして、関わるつもりなの?」

 「まあ、それが僕の役目ともいえるからね」

 「役目……?」

 「約束のために必要なことさ。心配はいらない。すぐに解決して見せる」

 「そうじゃないよ……」


 彼女は僕の言葉に、不満の意を示す。だが、僕はなぜそうなるのかはわからない。

 すぐに終わらせると言ったのだが、伝わらなかったのだろうか?


 いや、彼女はそこまで頭は悪くないはずだ。今までの行動から、言葉を理解できないようなそぶりはなかった。

 なら、僕の言葉に何か不満があったのだ。


 「何かおかしいこと言ったかい?」

 「あのね……零蘭君はそういうつもりはないかもしれないし、本当に解決できるのかもしれない。でも、私もあんな目に遭って―――あれに対処するなんて言い出したら、心配なんだよ」

 「心配……?なぜ、そんな必要がある?僕は解決できる。それだけの力がある」

 「それでもだよ。やってくれるからって安心じゃない」


 その言葉は僕の理解の外側にある。

 適材適所という言葉がある。やれるものがやる。それだけのことだ―――いや、これが普通なのか?また、僕は普通から離れていってしまっていたのか?


 「なるほど―――心配……か。まあ、僕がやることは変わらない。申し訳ないが、待っていてくれたまえ」

 「あ、やるのはやるんだね……」

 「そうだな。どの道、この国の司法はリアクトの一件には関与できない。なら、僕が裁こう」

 「殺すってことだよね?」

 「命を投げ出したのは彼らだ。あの力を使用した時点で、もう手遅れなんだよ」

 「君の求める普通は僕にはできないかもしれない。だが、それでも君は―――」

 「……?」

 「いや、なんでもない。そのうち知ることになるさ。君が僕を怖がるかどうかの結果なんて」

 「こ、怖がるなんてありえないよ!」


 僕の言葉の後に続いたのは、強い否定の言葉だった。

 やはり、普段の声が小さい彼女が声を張ると迫力がある。そんな迫力も気分の悪いものではない。


 純粋さ故のまっすぐな瞳―――見ているだけで飲み込まれてしまいそうだ。


 「まだ、出会ってそんなに時間も経ってないけど―――零蘭君と過ごした時間は、とっても大きいなものになってる。いつの間にかもっと一緒にいたかったとか、もう少し長く時間が続かないかなとかいろいろ考えるようになった。それくらい零蘭君と一緒に本を読んでるあの静かな時間も心地いいの」


 紀里谷花音はそこまで言葉を紡ぐ。

 が、自分の言っていることに気づいて、言葉を止めてしまった。少し前にもこんな流れはあった。


 あの時は少し僕も感情的になってしまった。


 だから、もっと冷静に言わなければ。


 「その言葉の続きを察せないほど僕は馬鹿じゃない。そして、それを安易に肯定できない状況でもある。だから―――」

 「零蘭君……?」

 「だから僕に時間をくれ。来るとき、君の顔から笑顔があるかどうかで、すべてを決める。だからその時まで待ってくれないか?」

 「うん……私、待つよ」


 彼女はなんだか安心したように返す。

 だが、保留を是としたわけではない。確かに彼女と共有しながら読んだ本には、そう言った展開もよくあった。


 だが、僕は察せない馬鹿ではなくても、シチュエーションを用意できる華麗さはない。

 彼はそこをうまくやるのだろうか?彼は優しいから、いろいろな人に好意を持たれそうだがね。案外、ハーレム?というものを作っていそうだ。


 彼女は僕のことが好きだ。

 無論、僕もそうだ。


 そんな両思いになにを迷う必要があるのかと思われるかもしれないが、あまりにも大きい壁がある。

 一度とて他人に見せたことはないが、リアクトの件を考えれば、わかること。


 わざわざ彼女の顔を恐怖で塗りつぶす必要はない。染まっていてほしくもない。

 好きな者には笑っていてほしい。これが愛なのだと、理解するのはたやすい。


 「僕は君を愛せるのだろうか?」

 「―――っ!?」

 「あいにく僕は愛したことも愛されたこともない。もし、君を受け入れられたとして、僕は君を笑顔にできるのだろうか……」

 「そ、そんなこと気にしなくてもいいと思うよ……?まずは、一緒にいて温度感を共有できることが大切なんだと思うよ」

 「だが、彼は誰かを愛するってことは、相手を縛ることだ。そんなことwするんだから、愛する責任は、幸せにすることでしか取れないって」

 「うーん……零蘭君の友達がどんな人か知らないけど、私は一緒に幸せになりたいから、うれしいけど何かしてくれたから幸せっていうことでもないよ?」


 やはり難しい……

 彼の教えてくれたことは間違っているのか?だが、間違っているとは思えない。

 幸せにすることは何らおかしいことじゃない。


 (し、幸せにするって……!?こういう事ばっかり言われると心臓が持たないよっ!でも、それが零蘭君のいいところで……)


 なんだか、彼女は悶えていたが、僕はスルーする。

 こういう時は邪魔しないこと。これも彼に倣った。


 その日はいろいろあったが、僕に大きな転換点になったと思う。

 彼女の気持ちの確認に加え、僕の実質の告白。


 恥ずかしさからか、彼女はいったん僕から距離をとって、放課後に抱きしめあってから解散という流れになった。

 友人ならハグくらいはコミュニケーションだと言われた。


 しかし、次の日、彼女は姿を現さなかった。ただの欠席かと思ったのだが、担任から発せられた言葉は―――


 「えー、昨日から紀里谷が家に帰ってないみたいなんだ。何か知っている人がいれば先生に伝えてほしい」


 その朝礼の言葉を聞いた瞬間、僕は教室を飛び出した。

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