第30話 side01 予兆

 「鬱陶しいからくっつくな」

 「えー、いいでしょ?せっかく席も隣なんだから」

 「お前、忘れてないか?自分の命についてのことを」

 「ふふん、零陵君が守ってくれるんでしょ?だったら、大丈夫でしょ。すごく強かったし」

 「俺は万能の神じゃない。いくら何でも、そこまで無制限に対応できない」


 無駄に頼られるのも、あまり気分がよくないな。

 まあ、最悪の場合は生死など問えない。殺したくはないが、仕方のないことだと割り切るしかなくなってしまう。


 そんな状況にはしないでくれ。頼むから。


 そして、想定外のことが一つ起こった。

 事件というか、なんというかそれは、昼休みのことだった。


 「零陵君、一緒にご飯食べよ!」


 美晴がそんなことを教室内で、言ってしまった。

 片や素行に問題がありながらも、なんだかんだクラス内での立場が高い女子と、片や誰とも会話していない俺だ。

 教室内はなぜあいつと?という雰囲気が流れる。


 「ちっ、こんなことなら話しかけるなとでも言っておくべきだったか?」

 「あんまりそういうこと言わないでよ……で、どうするの?断っても、ここにいるのは気まずいと思うんだけど?」

 「はあ……わかったよ。付き合えばいいんだろ?」


 そうして俺はなかば選択肢がない状態で答える。

 ここで断っても、なんだあいつという雰囲気の中で教室内を過ごさなければならなかったのは、想像にたやすい。


 彼女はそれを計算しているのかはわからないが、非常に不愉快な出来事にあることに変わりはない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「はむ……」


 美晴はきっとうまいのであろう菓子パンをほおばる。

 もきゅもきゅと口いっぱいに頬張りながら、彼女は俺のほうを見て言う。


 「零陵君、なにか食べないの?」

 「俺は基本的にものは食べない。どうせ食べようとしても無駄だ。この間だって、食べれなかったしな」

 「えー、じゃあ食べてみる?誰も見てないから普通に食べられるよ?」

 「お前は何を勘違いしてるんだ?俺が遠慮して食えないとでも言ってると思ったか?物理的に食えないんだよ」

 「物理的……?」

 「お前、その程度の頭でよく高校に通えるな?」

 「う、うるさい!それは余計なお世話!」


 彼女は顔を真っ赤にして俺の背中を叩く。

 痛みはないが、衝撃はあるので、勘弁してほしいところだ。まあ、悪意があるわけではないから、特に何かする理由もない。


 「でも、ご飯食べれなくて悲しくないの?」

 「悲しい……?まあ、確かに、昔食べた味を味わえないと思うと物悲しいものはあるな。ただ、もう慣れたし、ろくに味の記憶もない。もうわざわざ戻す必要もない」

 「じゃあ、零陵君が一番おいしいと思った食べ物って何?やっぱりお母さんの?」

 「―――違うな。もうほとんど覚えてないから、どこのだれが作ったのかまともに覚えてないけど、その人が作ったオムライスがうまかったような気がするな」

 「ふーん……」

 「まあ、5歳手前くらいの記憶だから曖昧なんだけどな」


 記憶の片隅にある物。それを引っ張り出してみたが、あの時のはおいしかった気がする。まあ、あそこで食べさせられた食べ物が大概だからな。なんでも美味いか。


 「そのオムライス―――探そうと思わないの?」

 「思わないな。思い出は思い出のままだからきれいなんだ。わざわざ汚す必要はない」

 「実際に行って汚れるとは限らないよ。思い出は更新していくものだよ。前に進むのなら、自分の中で代わることもある。それを実感していくことも―――」

 「過去にすがることのなにが悪い。変わらないことがどれだけ幸せか……」

 「―――そ、その……ごめん」


 俺の言葉で見せた彼女のしおらしい態度が、俺を商機に戻す。

 はあ、言いすぎか……何の事情も知らないこいつに何を言っても、か。


 そう思い、俺は立ち上がる。


 「どこ行くの?」

 「教室に行く。これ以上はここにいても収穫にならない」

 「そ、その……謝るから!」

 「はあ……まあ、いいか。しばらくはここにいてやる。ただ次の授業時間が近づいてることも忘れるなよ」

 「え……あ!やばい!」


 俺の指摘によって授業時間が近づいていることに気づいた美晴は、無理やり自分の口の中にパンをねじりこんだ。

 すると、突然彼女の瞳孔が開いた。


 まあ、胸を叩いている様子を見るに、喉にパンが詰まったのだろう。


 「んー!んー!」

 「はあ……ちょっとこっちに来い」


 さすがに余裕がない彼女は俺の呼びかけに応じて、素直に指定したひざ元に横たわる。

 仰向けになった彼女の胸のあたりに手を当てて、目を閉じる。


 なぜか美晴は顔を真っ赤にするが、相手にするまでもない。


 少しずつ打点を挙げていき、ちょうどの喉の下側あたり―――男で言うのなら喉チンコの少し下に原因を見つけて、トントンと軽く小突いて排除する。


 「ケホッ……あ、あれ?」

 「慌てて食べるからこうなるんだ。次から気をつけろ」

 「あ、ありがと……」


 そう感謝を伝えては来るが、彼女は俺の膝からどこうとしない。

 彼女の頭を地面にたたきつけるわけにもいかないので、俺は彼女にどくように言ってみる。


 「早くどけ」

 「えぇ……少しくらいいいでしょ?この姿勢、いいかも……」

 「なにをごちゃごちゃ言ってるんだよ。早くどけ。足がしびれてくる」

 「きゃっ!?」


 さすがに埒が明かないと感じた俺は、美晴の頭を支えて立ち上がる。その際に支えた頭が地面に衝突しないようにだけ気を付けた。


 彼女は少し不満げな表情を見せていたが、構わない。


 「早くいかないと授業に遅れるぞ。まあ、お前はさぼりがちかもしれないが」

 「うるさいよ。今日から私も変わったんです!授業にはちゃんと出ます。優等生です!」

 「なに言ってんだ。早く動け。それともここで青空授業で儲けるのか?」

 「それも気持ちよくていいかもね」

 「馬鹿もここまでくると皮肉もわかんねえのか」

 「え?ちょっと待って、どういうこと?」


 そこから一悶着あったが、ようやく屋上を出ようというところで、彼女が気付いた。


 「あ、あれ?財布がない」

 「なにしてんだよ」

 「ちょっと探してくる!零陵君はもう戻ってていいよ!」


 俺はその言葉を受けて、彼女と別行動をとることにした。

 一瞬だ。財布を探すだけなら俺の助けはいらないだろう。そう思って、瞬間的に彼女から目を離してしまった。


 後に考えれば、この行動がどれだけ愚かだったか。

 馬鹿は俺なのかもしれない。

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