第28話 side01 人は人にして非ず

 「ご、ごめん……ちょっと話が突飛すぎて―――」

 「信じないのならそれでいいのだけれどな。まあ、怪人を見ている以上は信じるしかないんじゃないのか?」

 「そうなんだよなあ……匠真たちが怪人になってるし……ていうか、完全覚醒って?」

 「本来人は神の力に適合できない。だが、稀にいるんだよ。神に適合する人間。レベル5を超える人間が」

 「そうなるとなにがまずいの?」

 「世界が終わる。それだけだ」

 「えぇ……」


 俺の説明が納得いかなかったのか、美晴は困惑の声を上げる。だが、それ以外の説明は特に思いつかない。

 なぜかと言われれば単純だ。すべては終われば形がなくなる。そうなれば、もはやどうしてだの、どうやってだの関係ない。


 「そういえば今日は学校に行くのか?休むのなら連絡はしておけ」

 「行くよ。なんだか、零陵の近くにいないと怖い目に遭いそう」

 「大丈夫―――とも言えないか。好きにしろ」

 「それで、朝ご飯は……?」

 「食べないな。栄養剤があれば事足りる」

 「……は?いやいやいや、食べないと力が出ないよ?」

 「遅刻する分際で朝飯は食ってきてるのか?おめでたい奴だな」

 「うっさい!でも、本当に食べないの?」

 「もう何年も固形物を食べてないな。飲んで終わるのなら、それで終わらせるのが一番早い」


 そういえば、普通の人は食事をとるんだったな。前にも似たような状況があったが、すっかり失念していた。

 だが、これはどうしようもない。


 固形物を食べようにも、なにも胃に入れない生活をつづけたせいで胃腸が弱りに弱っている。

 おそらく、戻してしまうだろう。この間のように。


 わざわざ吐いてしまうのであれば、こちらとしても口に含む意味はないだろう。


 「おいしいもの食べたいとか思わないの?」

 「それがお前たちの幸せか?よくわからないな。ただ、死にたくないから食べるだけだというのに」

 「―――価値観が違う……」

 「知ったことじゃない……朝飯が食いたいならコンビニにでも寄って学校で食べればいいだろう?お前は、友人もいるだろうし、そちらと話せばいいじゃないか」

 「あ、うん―――わかった。そうするよ」


 そうして、俺と美晴は家を出た。

 この時間なら、朝食も買う時間を加味してもそこそこの余裕はあるはずだ。まあ、いつも遅刻ギリギリの奴からすればきついのかもしれないが。


 自宅の周りには同じ学校の生徒は見受けられず、俺と美晴の二人で歩いているところは目撃されない。今のうちならさして問題はない。まあ、たぶん学校に近づくほど面倒なことになりそうだが。


 「なんか不思議だよね。零陵君と一緒に登校するとは思わなかった」

 「……どうでもいいな」

 「あはは、零陵君はそういうかんじなのは変わらないんだね」

 「変わるもクソもないだろ」

 「まあ、そうだよね。あ―――コンビニだ。ちょっとだけいいよね?」

 「好きにしろ」


 了承はいらないが、確認とばかりに聞いてからコンビニに入っていく。俺も、放置するわけにはいかないので一緒に中に入った。


 彼女は迷うことなくパン売り場に向かっていく。ほかにも安いものなんていくらでもあるだろうにと思ったが、彼女が楽しそうに売り場を見ているのが視界に映るとなにも感じなくなった。


 ふと、そんな俺の目に入ってきた商品があった。


 「チーズ……」

 「ん……?零陵君、それ食べたいの?」

 「いや、昔、チーズが好きだったなあ、ってだけだ」

 「食べないの?」

 「もう食べれない」

 「ふーん……」


 俺の好みにはさほど興味がないのか、彼女は軽い返事で返してきた。まあ、振舞いたいとか言われても困るからそれでいいのだが。

 好みのパンを購入した美晴は、おいしそうに食べながら歩く。そんな姿を見ると、ふと思ったことが漏れてしまう。


 「そうやって普通にしていればモテるんじゃないのか?」

 「な、なに急に!?」

 「そうやって、この前みたいな下劣めいた表情より、今の自然な笑顔のほうがきれいだと思うぞ」

 「ど、ど、どうしたの!?」

 「普通にしていれば、こんなことにならなかったものを」

 「うぅ、それを言われると痛い……」


 少しだけ落ち込む様子は見せるものの、彼女はパンを食べるのはやめない。そんなに腹が減っているのだろうか?血糖値を上げるサプリでも渡したほうがいいだろうか?


 そんなことを考えていると、なぜだかわからないがこの状況を見られたくない相手がそこにいた。


 「零、陵……?」

 「あ、会長だ」


 俺と会長の辛みを知らない美晴は、会長に対して能天気に挨拶をする。だが、そんな文言は彼女の耳に入っておらず、視線は俺のほうに向いていた。

 その視線には、言葉には表せない未知の感情がこもっている。


 「なんだ?」

 「零陵、隣の生徒は……?」

 「こいつか?こいつは美晴―――いろいろあって一緒にいるだけだ」

 「名前呼び―――その、いろいろって……」


 なんだか会長は俺に探りを入れているようだ。しかし、その意図がわからない。なにをそんなに驚いているのか。

 そんな中、俺の隣にいた美晴はなにかを察したような表情をしたと思えば、いきなり俺の腕に自分のものを回してくる。


 「会長はもう気づいてるんじゃないですか?私、はじめの家に泊まってきたんです」

 「なっ……!?そ、そうだよな―――零陵もそういう年頃だもんな……そうだ、そうなんだよ……」


 なんだかぶつぶつとつぶやいた会長は逃げるように、その場を去っていく。心なしか早足に見えて、できるだけ早く離れたそうに見える。

 わけがわからないが、とにかく俺は美晴から腕を離す。鬱陶しいし、暑い。


 「そんなに下の名前で呼ぶのが珍しいのか?」

 「うーん……まあ関係性は疑われるんじゃない?仲が良くないとそうならないわけだし」

 「……俺はお前の名前しか知らないだけだぞ?関係もクソもあるか」

 「でも、私はやぶさかでも……」

 「お前は嘘告白ってやつだろ?もういいってそういうの」


 なにか言う前に自分の命でも心配したらどうだろうか。

 まあ、撒き餌みたいなものだからいいか。かかったら助ければいいだけのこと。そう信頼してくれれば、それはそれで責任重大だが、構わない。


 それよりも、俺としては会長のあの態度が気になってしまう。

 なんだか、これから話しかけるのすら気まずくなってしまいそうな雰囲気だった。

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