第27話 side02 叶わぬ思い
「あっぶね!紀里谷菌がつくぞ!」
教室内にそんなデリカシーのない言葉が響く。
教室の隅で一人の女子を囲んで、男子たちが騒いでいた。
「あー!泣いちゃったよ、やっぱ病気だからすぐ泣くんだよ!」
「わー!きーりや菌!きーりや菌!ばい菌うつるから学校くんなよ!」
「うぇ……ぐす……」
男子たちにそう言われて、気の弱い紀里谷花音は嗚咽しながら涙を流してしまう。
しかし、そんなことを許さない人たちもいる。
「お前ら!花音をいじめるな―!」
「お前たち、そういう幼稚なことはやめろよ……」
彼女の親友ともいえる板倉芙美と神代雄真だ。
「あ?うるせーよ!お前らには関係ないだろ!」
「そんなことない!」
「あ、芙美!落ち着けって!」
「い、痛っ!やったな、暴力女!」
「そっちこそ言ったな!この山猿!」
標的はいつの間にか板倉芙美に代わり、教室内で殴り合いに発展していた。
そこに先生が駆け付け、事態は収束する。いつもはそれだけで終わっていた。
だが、事が動いたのはその小学校に転校生が来た時だ。
その転校生は、底抜けの明るさを演出し、クラスの男子を虜にしていった。
しかし、魅力にとらわれない人も多かった。
神代雄真はその一人となっていた。
「私と付き合って!」
「ごめん、無理」
ただそのやり取りだけがよくないものとなる。
その次の火から嫌がらせの対象は、紀里谷花音ではなく、神代雄真に代わっていた。
上履きを隠される。リコーダーを隠される。筆箱の中身を破壊される。
表立ったことはあんまりされなかった。その代わりに、陰湿な嫌がらせが続いていた。
厄介なことに転校生の女は、クラスの女子とも仲が良く、男子女子ともに嫌がらせを行ってきた。
紀里谷花音当人としては、いじめがなくなり、助かった部分もあれど、数少ない友人が標的に代わってしまい、とても胸が締め付けられていた。
告白の事実は曲解され、それに同情する者達ばかり。
先生たちも味方ではなくなっていく。
そんなときに事件が起きた。
いつものように家で過ごしていた時、連絡が回ってきた。
神代雄真が自殺した、と。
口では大丈夫だと言っていたが、彼は限界だった。というわけでもなかった。
彼は証拠を残し、あらゆる算段を残してすべてを親に託した。
事を大きくし、メディアでもなんでも目がつけば社会的に殺せる。証拠をもとに訴えれば、損害賠償まで取れる。そこまで計算していたかのような死に際だった。
彼の思い通りかはわからないが、メディアは連日このことを取り上げ、ネットではいじめを行った生徒たちの特定がなされた。簡単にそれは終わり、次に始まったのは制裁だった。
生徒たちのSNSは軒並み炎上。自宅に届く無言電話。挙句の果てには、殺人、爆破予告によってそちらで逮捕者が出る騒ぎとなった。
彼の家族も一切の容赦をせずにいじめを行った生徒、学校側を訴えた。
そのおかげか、紀里谷花音と板倉芙美の味方をしなかった教職といじめを行っていた生徒たちは学校を去ることになった。
義務教育ということで、どこかに転校したのだろうが全国に顔と名前が割れているため、どこに行ってもも無駄だ。
まあ、転校と言っても損害賠償を払ったばかりで引っ越しができるという人たちはほんの一握りだったのだが。
神代雄真―――彼が望んだ結果はこうじゃないのかもしれない。だが死人に口なし。
彼がこれを望み、復讐を果たすのを結果としているとみなされる。そう思えば、彼の目的は、明らかに自殺による相対効果としては、上出来のものだったのだろう。
だが、紀里谷花音はそのことを知らない。自分の周りに起きていることすべてを受け入れる前に、すべてが終わってしまったのだから。
「神代君……どうして、死んじゃったの?」
彼女はずっと自室の隅で呟いていた。
彼女は好きだった。初恋の人だった。そんな人が自殺した。
「私はもっと―――お話ししたかったなぁ……」
心傷つけてしまった彼女は、誰も傷つかない。
そんな優しい本の世界へと逃げるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女は弱い力で僕たちを張った。
「ねえ、仲良くしてよ……」
「僕の意思に従う。だが、彼女がそういうわけにもいかないんだ」
「あんた……ここにきて、それ!?ふざけ―――!」
「芙美だけじゃないよ!多分だけど、零蘭君も煽ったりしたんでしょ?」
「煽る……?僕は無駄なことを無駄だと言っただけだ。それに対して怒るのは、逆切れというのではないのかい?」
「違うよ。零蘭君はわからないのかもしれないけど、人は死んじゃったら皆悲しむんだよ?」
「……君は僕が死んだら悲しむのかい?」
「当たり前だよ!なんで、なんでそういうこと言うの……?いくらなんでもひどいよ……」
そう言うと彼女は、僕の制服の裾をつかむ。板倉芙美の物も同じように。
両方をつかむと、僕と板倉芙美の手を合わせる。
「ちょっ、花音、なにするの!」
「私は二人に仲良くしてほしいの……だから、さ?」
「僕は無理だと思うけどね。人は変わらない。彼女が喧嘩性なら、僕は相容れることはない」
「っ……!」
僕の言葉に、板倉芙美は応える。
なんらの容赦もなく僕の頬を彼女の拳がとらえる。
「その喧嘩買ってやる!」
苛烈に満ちたその目は、僕を殺さんとするほどの強い意志がこもっている。だが、僕とて自分の意見を変えるつもりはない。
次に飛んできた拳をなんの躊躇もなくはじいた。それによって、自分の突きで重心が前方向に流れていた彼女は簡単に倒れこむ。
「零蘭君!」
「僕は反撃しただけだ。文句を言われる筋合いはない」
「でも!」
「今日はもう帰らせてもらう。君の昼の弁当をもう食べられないのは、少し残念だがね」
そう言って、僕は屋上を去っていく。その後、2人がなにを話していたのかは知らない。
しかし、あまりいいように思われていないのは確かだろう。
紀里谷花音はおそらく昼の準備をしていない。だが、それは"今日は″という話。こうやって突っぱねれば、明日からも食べることはできないだろう。
だが、今にして思えばこれは少し早計だった。
ちゃんと、彼女のことを見て守っていられる場所にいられれば、彼女がまた傷つくことなんてなかったのに。でも、それが一番の選択肢だということも、僕は知らないままだった。
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