16 祖母ならそうしたこと

 なにかを学ぶことにチャレンジしたいという気持ちがムクムクとわいてきたものの、インスタで見かけるものすげえ顔面改造メイクで美少女になろうとはちょっと思わないし、放送大学なんて大袈裟なものを始める気もしない。

 いったいなにを学べ、というのか。

 なるべく外に出ないで済む、学びの多い趣味はないだろうか。なるべく外に出ないというのがたいへんカッコ悪いのだが。


 チイママさんに相談してみると、チイママさんはにっと笑って、「盆栽でも育ててみたら?」とおっしゃる。

 盆栽。そんなお金のかかりそうな趣味はちょっと。以前ボヤイターを見ていたら「盆栽というのはロリのまま爆乳に育てるようなもの」という下品な比喩を見かけたのを思い出す。ロリのまま爆乳て。


 でも植物の面倒を見るのは楽しいかもしれないな。これから夏も本番になって、水やりしたり肥料をやったり枝を整えたりするのはきっと楽しかろう。

 多肉植物やサボテンならズボラなわたしでも枯らさず世話ができるかもしれないな、と思う。


「チイママさん、多肉植物とかサボテンってどこに行けば売ってますかね? 百均?」


「百均のサボテンはヒョロヒョロしてるだろうから、きょう買い物に行くまえにホームセンター覗いてみる?」


 というわけで夕飯の買い出しの前にホームセンターを覗いてみた。おお、あるある。すごい数だ。


「これ育てやすいわよ。固まる土に植わってないし」


 そう言ってチイママさんが手に取ったのは、透明キラキラのきれいな植物だ。


「これって難しそうですけど、植物らしい植物は小学校のアサガオといま玄関にあるニチニチソウくらいしか育てたことのないわたしでも大丈夫なんです?」


「大丈夫よ。アタシを信じなさい。アタシは汎用AIよ、人間にできることはなんでもできる、ということは園芸家のやることもできるんだから」


「そうですね。……ハオルチア・オブツーサ。きれいですねえ」


 というわけでハオルチアとかいう植物をちっちゃい鉢で買ってきた。買い物から帰ってきて、チイママさんに言われたとおりよく日のあたる雨の当たらないところに置いた。


「これはね、水と光だけでなく風を当てるのが肝心なのよ。でも日焼けしすぎないように気をつけてね」


「ほほーう……」


 スマホのカメラでカシャカシャやる。かわいい。


「そうだ、ハオルチアに特化した栽培本が出てて、図書館の蔵書になっているそうだから、借りてきてノートをつけてみたら?」


「そうですね! 行ってきます!」


 幸いきょうは涼しい風が吹いている。歩いて行ける距離の図書館に向かい、ハオルチアの育て方の本の貸し出し手続きをして、外に出ようとしたら激しいゲリラ豪雨が打ち付けていた。

 どうやら涼しい風は大雨の前ぶれであったらしい。チイママさんに連絡すると、すぐ迎えにきてくれた。本当に法定速度を守っているのだろうか。


「すみません」


「いいのよ! アタシは車の運転が得意なんだから!」


 そういえばAIのハシリのころって自動車の自動運転機能がよく話題になったな。


「そうだ、アンタぺろんぺろんになったパンツはいてるでしょ。ちゃんとしたのを買わなきゃ。快気祝いの席でぺろんぺろんパンツじゃ気合い入んないわよ!」


 というわけで近くのイオンに寄り、新品のパンツを買ってきた。確かに新しくていい下着をつけていると強くなった気分になるので、下着に至るまで気合いを入れていこう、ということだろう。


 ◇◇◇◇


 家に帰ってくると、小説の構想をまとめるのに使うルーズリーフと、中学のころ使っていていまは中身の入っていないファイルが用意されていた。ノートを取れ、ということだろう。

 ハオルチアの本は写真たっぷりで、キラキラのハオルチアだけでなくアロエのようにトゲトゲゴツゴツしたハオルチアもたくさん載っていた。


「……育て方の解説、だいたいぜんぶ関東以南の話ですね」


「気温の目安を見て調整してみたら? それに育てるうちに分かることもあるかもしれないわよ?」


「そっか、大雑把でいいんだ」


 ざっくりノートを取った。とても勉強した感じがする。

 インスタで多肉植物、で検索をかけたら、見たこともない不思議な植物がいっぱい出てきて、なんだかすごくワクワクしてしまった。ちょっと欲しいな、とも思った。


 これ、祖母なら花屋さんに取り寄せをお願いするよな。

 自分の稼ぎをちょっと貯めて、なにか通販で買ってみるか。とりあえずインスタをみる限りでは、丸サボテンにそそられた。かわいい花が咲くらしい。うまく育てる自信はないが、それは素敵だ。

 祖母が元気だった時代と違い、いまは通販でなんでも買える。祖母は結局最後まで携帯電話を持たなかったしパソコンにも触らなかったので、通販とは無縁だった。それに祖母がイキイキしていたころは商店街のお店の人にお願いすればなんでも取り寄せてもらえたのだ。


 雨が止んで虹が出た。その虹を作っていた太陽が沈んだころ、伝助の散歩に行った。散歩の途中で伝助は拒否柴になってしまったので、チイママさんに連絡して車で帰った。途中スタンドに寄ってガソリンも入れた。チイママさんは本当になんでもできるのだなあ。


「さ、お夕飯にするわよ! ナスの揚げ浸しと肉野菜炒めよ! ご飯にはゆかりを混ぜてあるわよ!」


 きょうの夕飯も、好きなものばっかりだ。ありがたくいただく。


「チイママさんは味見しないで味を調節してますけど、どうやってるんですか?」


「AIだもの、目視や手で持った重さの情報でグラム数を把握できるんだから」


「すごいですね。うん、チイママさんがいるから現状生きてるんだ……」


「アンタだってよく頑張ってるじゃない。汎用AIコン、うまくいくといいわね!」


「いや……文章書くなんて楽しいから働くうちに入らないというか」


「やだぁ、東北人特有の『楽しいことは仕事ではない』の思想そのものじゃない! 楽しくても大変なことはあるんでしょ? それならじゅうぶん仕事よ!」


「そうですか? うーん……」


「アンタね、世の中にはいっけんちゃんとした勤め人でも、稼いだお金をパチンコやタバコやお酒で溶かしちゃう人が少なからずいるのよ。それを思えば、なるべく図書館を使うとか、欲しい服をきっちり絞るとか、アンタめちゃめちゃ偉いのよ?」


「そうですかね」


「アンタは頑張ってる。その頑張りはきっといつか実を結ぶわ」


「えへへ……嬉しいです。明日からも頑張ります」


「その意気よ。はい、デザートのプリン! 味変にシナモンをかけてみたわよ!」


 遠くでヒグラシが鳴くのが聞こえた。

 もうすぐ8月。8月の末には、チイママさんを返却しなくてはならない。(つづく)

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