3 プリンセスになる権利
チイママさんはドラッグストアの中に貼られていた、「本日ポイント15倍デー」のポスターを見てニンマリする。
「アンタ、ポイントアプリ持ってるんでしょ? いっぱい買うとお得よ」
「はあ……」
なんでアプリ会員だって知ってるんだろう。
というわけで、チイママさんに「アンタはブルベの肌してるわね」と言われ、チイママさんにBBクリームの選び方を教わり、なんとか選んだセザンヌのBBクリームと、セザンヌの眉ペンシルと、キャンメイクのティントリップをカゴに入れた。
アイシャドウも何色かパレットに入ったキャンメイクのやつを、マスカラもなにやら昔の少女漫画風のパッケージのやつを買った。
ティントリップは青みピンクのものにした。青っぽいピンクでは顔色が悪くなるんじゃ、と思ったが、チイママさんが言うには「ブルベの人は青っぽい色のほうが肌がきれいに見えるのよ」と言われた。
「そうね、次の一本はブルベイエベ関係なく、ただ気分のアガる色を選んでもいいわね」
「次のリップなんて買いませんよ。使い切れるのかわかんないですし」
「案外すぐ欲しくなるかもしれないわよ? そうだ、ついでにマニキュアも買っちゃいなさいよ」
「マニキュア。中学のころ透明マニキュアが流行って先生たち大変そうだったな」
「アンタはいま立派な大人なんだから、どんな色のマニキュアを塗っても怒られないわよ? ほら、あっちにひと瓶300円のプチプラのマニキュアがあるわ」
「ホントだ。初心者は何色から始めるべきですかね?」
「ピンクベージュがいいんじゃない? はがれても目立たないし、どこにでも塗っていけるし。ちょっとラメの入ったやつなんかだとキラキラして嬉しくなるわよ?」
「じゃあ……これにしようかな」
ピンクベージュにラメの入ったマニキュアをカゴに入れる。
「じゃあきょうはこれくらいにして、お家に帰ってメイクの練習するわよ!」
「いきなり練習ですか。原稿を書きたいです」
「んもう、ストイックなんだから!」
◇◇◇◇
文章に投げ銭をもらえるサービスのマイページを開く。
なにやら企業主催のコンテストのお知らせが通知されていた。なになに……「汎用AIコン」。汎用AIロボットを作っている企業が主催で、汎用AIを搭載したロボットとこんなことをやってみました、という長編小説、または長編のエッセイを募集しているらしい。大賞は書籍化、賞金3000万とある。ずいぶんビッグな賞だ。
面白そうじゃん。
それに向けて、チイママさんとの暮らしを書いてみることにした。
◇◇◇◇
「お昼ご飯できたわよ〜」
「はーい」
食卓につくとそうめんが用意されていた。夏の胃袋が求めるのに暑くて自力で茹でる気にならないことに定評のあるそうめんだ。
ただ2年前、汎用AIの発明とほぼ同時期に東京にダンジョンが発見され、ダンジョンから採取された物質によって、気候変動のリスクはある程度緩和され、夏も酷暑! という感じでなく、平成の時代よりナンボか暑い、くらいの感じになった。
ダンジョンについて書き始めるとチイママさんとの生活でなくダンジョン配信の話になるのでこの辺でやめておく。
チイママさんに見守られながら、そうめんをずるずるすする。うまい。シソとミョウガがたっぷり入った薬味がおいしい。でもシソとミョウガ、冷蔵庫にあったっけ? シソは庭に生えてるけど。
「シソは庭のやつだよね。ミョウガはどうしたの?」
「やだぁ、庭にいっぱい生えてるじゃない」
「え!? ミョウガが!?」
「そうよ? あの辺のやぶ、ぜんぶミョウガよ?」
「知らなかった……」
おいしくそうめんをいただき、軽くシャワーして休むか、とやっていると、チイママさんはなにやらお茶を沸かし始めた。母が無印良品で買ってときどき飲んでいたハーブティーだ。濃く煮出して氷を入れている。
「さ、ぬるめのシャワー浴びてリラックスしてらっしゃい。風呂上がりに冷たいハーブティーを飲めば、ゆっくり休めるわよ」
「あ、ありがとう……」
勝手にハーブティーを淹れているが、放っておいて賞味期限が切れるよりかはずっといい。チイママさんに言われたとおり、シャワーをぬるめにして浴びて、上がってきて氷の浮いたハーブティーを飲んだ。気分スッキリである。
「そうだわ、マニキュア塗ってあげるわね」
「え、い、いいんですか?」
「もちろんよ。アンタが自分のお小遣いで買ったマニキュアなんだから、ガンガン塗っていけばいいのよ」
というわけで、チイママさんはわたしの爪にマニキュアを塗ってくれた。オシャレっぽいことをするのは人生初なのでちょっとドキドキする。
「似合うじゃない! アンタ手の色白くてきれいね! 指もほっそりしてるし、手がプリンセスじゃない!」
プリンセス。
そういえば未就学児だったころ、ネズミーアニメをよくレンタルビデオ屋で借りて観たな。あのころはレンタルビデオ屋というのがかろうじて生きていた。
わたしのことをプリンセス、なんて言ってくれる人はチイママさんが初めてだったので、なんだか泣けてきてしまった。人じゃなくてロボットだけどな。
「どうしたの? マニキュア、塗料の匂い嫌だった?」
「いえ。プリンセスって言われて、子供のころを思い出して嬉しくて」
「どんな女でも、いいえ男でも、プリンセスになる権利はあるのよ。……電話よ」
テーブルの上でスマホが鳴っていたので電話に出ると、従弟の壮平くんからだった。
「真美ねっちゃん、元気?」
「う、うん、元気」
「ロボット調子どう? やっぱり2丁目?」
「2丁目は2丁目だけどオシャレするといいわよーって言ってて、きょうはマニキュアを塗ってくれたよ」
「へえー。真美ねっちゃんがオシャレねえ。あとで顔出すわ。伯父さんと伯母さんから連絡あった?」
「ううん。きのうきょうって手術の予定のはずだから、今ごろ麻酔でぐうぐう寝てるんじゃない?」
「行かなくていいのか?」
壮平くんは本気で心配してくれているのだな。
「行かなくていいよ。父も母も死なない程度の怪我だし、立派な大人だし……わたしなんかが行ったら迷惑だよ」
「そうかな。真美ねっちゃんが行ったら伯父さんも伯母さんも喜ぶと思うけどな。あ、仕事に戻んなきゃだからまたな」
「うん、またね」
電話が切れた。
「従弟さん?」
「はい。父と母の見舞いにいけと」
「たしか心療内科って市立病院の裏よね? お父様お母様の入院なさってる市立病院の裏」
「そうですけど」
「あらぁ! なら病院ランウェイ化計画したあと、ご両親の様子見にいけばいいじゃない!」
そうか。これからわたしは顔を出したら迷惑な娘でなく、オシャレで素敵な女になるのか。
「そうしてみます。一休みしたらメイクのやり方、教えてください」
わたしは決意した。次の月曜日までに、メイクができるようになるぞ。(つづく)
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