(三)

 李雲山育友財団の同窓会は都内の一流外資系ホテルで行われる予定であった。花岡は最寄りの地下鉄駅で下車をすると案内状を手に地上へと出た。時刻は午後五時四十分であったが、高層ビル群で空が遮られていることもあり、十月にしては辺りが既に暗くなっているように感じられた。

 目的のホテルは駅から徒歩五分ほどの場所ですぐに見つかった。

 このホテルは外資系でありながら見事な日本庭園を有することで有名であるが、外観は〈石調〉なのか〈本物の石〉なのか分からない外装材で覆われた重厚で近代的な外観のホテルであった。同窓会はホテル三階の『桔梗の間』を会場として開催される。

 午後六時開始の十分前に会場に着いたが受付はさほど混雑していなかった。

 受付で自分の名前を告げると、名札とテーブル番号の書かれた紙を受け取った。

「ビールやソフトドリンク等は既にテーブルにご用意しておりますので、ご自由に始めていただいて大丈夫です。その他のドリンクをご希望の場合はバーカウンターでご注文ください」

と受付の女性から言われた。

 クロークに荷物を預けて会場に入る。立食パーティーのようで、既に大勢の人々が賑やかに旧友や世話になった財団職員との会話を楽しんでいるようであった。テーブルには飲み物のほかオードブルが並べられており、開会前であるが皆が片手にグラスを持っていた。会場の入口右にはシェフが目の前で料理をしてくれるブースも並んでいる。

 会場の中央奥には横断幕が掲げられた舞台があり、リボンの付いたスタンドマイクが置かれていた。舞台に最も近い中央に「松」・「竹」と符合されたテーブルがあり、その横が花岡を含む一期生のテーブル「梅」があった。「松」・「竹」のテーブルはLUグループや育友財団の関係者席のようで、一期生の花岡達のテーブルは卒業生の中では最も上座に配置されていた。

 花岡が「梅」のテーブルに向かうと、既に七人の一期生がテーブルを囲んで談笑している。かつては毎日のように顔を合わせた仲間達の顔を見ると胸に懐かしさが込み上げてきた。

「お、祐介! 久しぶりだな!」

 声を掛けてきたのは、同い年の清水だった。最後に会ったのは財団の卒業式のあった十八歳の時であるが、色黒・高身長・筋肉質な見た目は変わっておらず、相変わらず精悍な顔つきで生命力に溢れた目をしている。変わったところといえば体が一回り大きくなったことぐらいだった。今日は明らかに仕立ての良い明るいブルーのスーツにワインレッドのストライプネクタイを締めているので、初めて清水を見た人は外資系企業の営業かスポーツ選手といった印象を抱くに違いないだろうと思う。

 清水は元々青森生まれだが、花岡と同様、小学四年生のときに育友財団へ招かれ、両親とともに東京へと引っ越してきた。LUグループは東京での清水の父親の就職先の支援に加え、新しい住居の斡旋なども行っていたと清水本人から聞いたことがあった。

「清水、久しぶり! 相変わらず、元気そうで何よりだよ」

「ああ、俺は元気だけが取り柄だからな」

 豪快に笑いながら清水が言った。

「有美に聞いたけど、今は帝都大学で教授をしているらしいな。流石、俺たち一期生の期待の星だよ。俺も地元では弘前の神童なんて呼ばれていたけれど、財団時代はお前には全く勉強は敵わなかったからな」

「いや、俺もお前には英語だけは敵わなかったよ。そういう清水も今の仕事は何だ? 確か高校卒業後はアメリカの大学に行っただろう?」

「ああ、アメリカの大学でMBAを取得した後、向こうの投資会社で働いているよ。給料は破格で良いが、成果第一主義の世界だからな。色々と苦労も多いよ」

 そうは言うものの、声調から清水が仕事に過度なストレスを感じていないことがはっきりと分かった。給料が破格というのもアメリカのトップビジネスマンの基準で破格なのであり、昨今の円安を踏まえると相当な給料を貰っているはずだと花岡は思った。近況を話し合う流れで清水の最近の生活を聞くと、今はマンハッタンの高層マンションに住んでいるということだった。

「そんなことよりも、フィールズ賞の最有力候補らしいな。昔からそうだが本当に凄いよ、お前は。今のうちにサインでも貰っておこうかな」

 ビールをグラスに注ぐと、清水は花岡に手渡した。

「おい、みんな! それじゃ祐介も来たことだし、改めて乾杯!」

 花岡は皆とグラスを合わせるとビールを一口含んだ。高校の卒業と同時に育友財団も卒業しているため約十七年ぶりの再会であるが、旧友との会話は全くブランクを感じさせなかった。容姿は多少なりとも洗練され、逆に年齢相応の劣化もしていたが、子供の頃からの本質的な人間性は皆変わっていないように感じられた。

「花岡君、久しぶり」

 声に反応して振り返ると、花岡よりも少し遅れて来た杉本有美が大きな目で花岡を見つめていた。杉本は花岡の年齢の二つ下であるが、一期生は皆友達であり、同志であり、家族のような関係なので、会話の際には年上であっても敬語を使うような面倒な気遣いは必要なかった。手にはスパークリングワインの持っていることから、卓上には無かったドリンクを会場内に併設されたバーカウンターまで取りに行っていたようだった。

「有美、久しぶりだね! 元気にしていた?」

「もちろん、この通り。花岡君は元気にしていた?」

 そう言いながら、有美は力こぶを作るように腕を曲げて見せた。

「何とか元気にしているよ。今は何しているの?」

 杉本は高校卒業後、花岡と同じ帝都大学に進学し、経営学を学んでいた。花岡が修士・博士と進んでいく中で、彼女は大学卒業後に就職をしたと聞いていた。小学校低学年の頃から有美を知っているため、花岡にとっては友達以上の存在であった。

「今は普通に会社勤めだよ。私が入ってから急成長した会社なの。今はそこで主に広報を担当しているよ」

 今年三十三歳になる杉本は上手に年を重ねているなと花岡は感じた。幼少期から『将来は女優でもやっていけるのではないか』と周囲から言われるほどの容姿であったが、三十歳を少し過ぎた現在、女性としての魅力がピークに達しているようだ。また、言葉には出来ないが有美の笑顔からはどこか超然としたオーラが感じられ、それが一層魅惑的な雰囲気を醸し出していた。

 花岡が続けて話しかけようとしたとき、会場後方からどよめきが起こった。

 花岡が振り向くと、財団職員に付き添われながらLUグループ会長の李雲山が扉から入って来るところが見えた。現在は八十歳過ぎであろうか。年齢の割にしっかりとした足取りで歩いている。花岡も報道等で李の近影を度々目にするものの、直接会うのは育友財団の卒業式以来であった。

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