第2話

 月日は経過し、六歳の少女が三人。

 どこから見ても本当の姉妹のように肩を寄せ合っているが、血の繋がりはない。

 それでもアシュレイにとって、彼女たちはもう家族だった。


 三年前のあの日、見習いシスターだったリーンベルは焼け落ちた孤児院から子供たちの手を取り、懸命に走り、何日か経過して辿り着いたのがこの海岸だった。


 まさか同じ村出身のアシュレイに出会うとは思っていなかったが、顔見知りに出会えたことで緊張の糸が切れ、あの時はそのまま数日寝込んだ。


 アシュレイとリーンベルは赤子だった三人の少女を懸命に育てた。

 その時のことはよく覚えていないくらい嵐のように怒涛に過ぎ去った。


 行き場を失った四人に家族になろうとは言わなかったが、「好きなだけいて良い」といったときの、リーンベルの嬉しそうな顔だけはずっと覚えている。


 ――そこから数年後。

 孤児たちは怪我もなく立派に成長した。


 金髪碧眼のエミリアは、ワンピース姿で朝から声を張り上げて庭を駆け回る。


 紫髪で褐色のミルフィは落ち着いて見えるが、動きやすい服装を好み、姉妹を守る時の目は獣のように鋭い。


 黒髪のツキノはふわふわとした性格で、お人形のようなドレスをよく来ていた。

 だが天然なところもあり、気づけばアシュレイの工具箱の中に紛れ込んでいることもあった。


 職人として一人で暮らしてきた工房は、彼女たちが来てからまるで別の場所に変わった。

 鉄の匂いと焼けた木の香りに、笑い声と足音が重なる――それが今のアシュレイの代えがたい日常になった。


 昼下がりの工房。

 陽射しが差し込み、木屑が金色の粒になって舞う中、エミリアが古びた木槌を両手で持ち上げていた。

 その小さな背中が、まるで勇者のように堂々としている。


「アシュレイさん! これでドラゴンにやられた人の傷も治せるかな?」


 木槌を魔法の杖のように振りかざし、真剣な目でこちらを見上げる。

 その仕草が可愛くて、アシュレイは思わず口元を緩めた。


「いやいや、そいつは釘を打つための道具だ。

 ……でもな、その優しさは本物だ。

 大きくなったら杖は俺がちゃんと作ってやるから」

「ほんとっ?!」


 エミリアの青い瞳がぱっと輝き、勢い余ってアシュレイに抱きつく。


「やったー! じゃあ私、ぜったい治癒魔法を覚える!

 だって、みんなが怪我したら私が治してあげたいもん!」


 まっすぐで迷いのない声に、アシュレイは大きな手で頭をくしゃっと撫でた。


「よし、約束だ。

 お前が立派な治癒師になったら、俺の作った杖をで仲間を守るんだぞ」

「うんっ!」


 猫のように目を細める笑顔があまりに無邪気で、アシュレイは胸の奥が熱くなるのをこっそり鼻を鳴らしてごまかした。


 その傍らで、ミルフィが小さな盾を磨き終え、じっと見つめていた。

 褐色の指先が慎重に縁をなぞり、その瞳は小さな戦士のように凛としている。


「これ、私の?」

「ミルフィは二人を守るって言ったからな。守るなら盾は必要だろう?」

「……ありがと。これからは、もう誰も失わない」


 ミルフィは小さな腕で盾を抱きしめると、祈るように瞳を閉じた。

 その姿にアシュレイは頼もしさを感じつつも、前衛に立って仲間を守る過酷な現実に胸がきゅっと締め付けられる。


「その盾はまだ試作品だ。素材が集まったらもっとまともな奴を作ろう。

 ミルフィがどこに出ても、絶対に守れるやつをな」

「……期待してる」


 ミルフィが照れくさそうに笑うと、工房の光が彼女を照らし、まるで未来の女騎士のように見えた。


 一方のツキノは作業台の端で、工具箱に首を突っ込んでいた。

 ストレートの黒髪がキラキラと反射し、細い指が器用にネジを回している。


「おい、ツキノ……その短剣、バラすと戻せなくなるぞ」

「……戻せる。アシュレイさん、見てて」


 慎重に金具を組み直すと、外れていた柄がぴたりと戻った。

 アシュレイは思わず目を丸くし、ツキノは口元だけで小さく笑った。


「覚えた」

「ツキノは物覚えが早いな。

 修理を覚えれば、壊れた仲間の武器を誰よりも早く直せるぞ」

「ほんと?」

「もちろんだ」


 ぱっと目が輝き、ツキノは工具を大事そうに抱える。

 その仕草にアシュレイは胸の奥がくすぐったくなり、未来の工房で彼女が手直ししている姿を思い浮かべた。


「みんなー、おやつにするよー!」


 フライ返しを聖剣のように振りかざすリーンベルは、いつも三人の娘の世話を率先して引き受けてくれる。

 十七歳の彼女は、年齢の割に勉学のみはしっかりしていて、アシュレイにとっては大きな助けだった。


 夕暮れ時。

 アシュレイは工房の奥にある小さな台所で、煮込み鍋をかき混ぜていた。


 手際は驚くほど早い。野菜を刻む包丁の音はまるでリズムを刻む楽器のようで、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がっていく。


 鍛冶だけでなく料理も手慣れているのは、調理師の下積み時代もある賜物だろう。


 その背後で、リーンベルが三人の相手をしていた。

 エミリアとミルフィは木のブロックで塔を作っており、ツキノはリーンベルの膝の上で絵本を開いている。


「お姫さまはね、勇気を出して森を進んでいくの」

「そのあと?」

「どうなるかな。ほら、続きを一緒にめくってみようか」


 リーンベルが優しく促すと、ツキノは小さな指でページをめくった。

 その瞬間、エミリアとミルフィも遊びをやめて寄ってくる。


「なになに、こっちの方が楽しそう!」

「……魔物が出てくるんでしょ?」


 リーンベルは両腕を広げ、三人をまとめて抱き寄せる。


 ミルフィ、エミリア、そしてツキノ。

 彼女の腕の中で、三人の小さな体がすっぽり収まっていた。


 その光景を、アシュレイは鍋をかき混ぜながら横目で見た。


 ――本当の母娘じゃない。

 それでも、この寄り添う温かさを何と呼べばいいのだろう。


「さあ、うちのお姫さんたちは、手を洗う時間だ」


 アシュレイが声をかけると、三人は「はーい!」と飛び跳ねるように立ち上がった。

 リーンベルも立ち上がり、裾を整えてアシュレイに微笑む。


「今日もいい匂いですね、アシュおじさん」

「腕にかけちゃいるからな――さ、温かいうちに食べよう」


 夕飯の後。

 工房の片隅で、ツキノが工具を散らかしてしまい、エミリアとミルフィが片付けを手伝う。

 リーンベルはそんな三人の横にしゃがみ、器用にネジを拾い集めた。


「ほら、こうやって箱に入れると失くさないよ」

「……リーンベル、すごい」

「さすが、リーンベルお姉ちゃん!」


 褒められてリーンベルは耳まで赤くなるが、嬉しそうに笑う。


 アシュレイはその様子を黙って見つめ、心の奥でそっと思う。

 ――俺が作り、修理するのは武具や道具だけじゃない。


 この工房が、三人にとって安心できる“家”になるように。


 夜、鉄を打つ音の中に、子供たちの笑い声が混ざる。

 鍛冶の炎だけだったこの場所に、ようやく灯ったもう一つの温もりに、アシュレイは気づかぬうちに目を細めていた。


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【あとがき】

 2025/8/26までの公募に応募中です。


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 気力の高まりにより、毎日更新とさらに作品の魅力をお届けしてまいりますので、お力添えのほど、なにとぞ、よろしくお願いいたしますー!

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