嘘つき

この日から、優樹はもっと距離を詰めてきた。偉二さんがカフェにいる時は特に。

そんなある日、俺が偉二さんと食事に行こうと外に出ると、少し前に退勤した優樹が偉二さんと一緒にいた。俺が近寄ると、偉二さんはニコニコの笑顔でこっちに来た。その笑顔を見て、俺も自然と笑顔になった。


「奏人くん、行こっか」


そう言って俺の肩に腕を回し、歩きだす。俺は優樹の方をちらっと見て、また偉二さんの方を見た。


「優樹となんか話してたの?」


「うん、まぁ、ちょっとね」


何を話したんだろう。優樹と偉二さんが話すことなんて何かあるだろうか。唯一あるとしたら、俺の事だろうか。もしかして、優樹に何か言われたのか?

俺は不安になって偉二さんに聞く。


「大丈夫?優樹に嫌なこと言われてない?」


「言われてないよ。大丈夫。むしろ嫌なこと言ったのは僕の方だろうし」


そう言って偉二さんは苦笑いする。


「え、何言ったの?」


「それは...内緒かな。優樹くんに聞いてみたら?」


「あ、うん。わかった」


偉二さんは教えてくれないのか。偉二さんが嫌なことを言ったなんて想像できず気になったが、偉二さんが言ってくれないなら仕方ない。明日優樹に聞いてみよう。

そして次の日。始業準備をしている優樹の肩をトントンと叩いた。


「優樹〜」


「ん?なに?」


嬉しそうにこちらを振り向く優樹に俺は聞く。


「昨日、偉二さんと何話してたの?」


俺がそう言った瞬間、優樹の顔から笑顔が消えた。


「別に。奏人には関係ないでしょ」


怒ってる。相当嫌なことを言われたのだろうか。

でも、正直気になる。俺はめげずに聞く。


「関係あるよ。偉二さんのことだもん。それに、嫌なこと言っちゃったかもって言ってたし」


「あの人が?」


「うん。偉二さんが嫌なこと言うって、想像できなくて。なんか気になる」


俺がそう言うと、優樹は鼻でフッと笑った。


「とんでもないよあいつは。嫌なことって言うか、不快だったかな」


「不快?何言われたの?」


俺のその質問に優樹は虫の居所が悪そうに答える。


「なんか、ドルってバレたし。奏人は僕のことが大好きだとか、僕はドルの力を使わなくても奏人は一緒に居てくれるだとか奏人の事は諦めなよとか言ってたよ」


マウント取ってたのか。偉二さん。なんか可愛いな。俺はそのまま言葉にする。


「なんか、可愛い」


「いやいや、何も可愛くないよ。言い方真似してあげようか?」


そう言って優樹は偉二さんの声ににせて少し高い声で言う。


「へぇ〜。可哀想。ドルの力使わないと、奏人くんに見向きもされないなんて。僕はそんなのが無くても、奏人くんは僕といてくれるよ?」


そう言って優樹は真顔に戻る。


「ね?何も可愛くないでしょ?」


「ははっ、またご冗談を。そんな言い方しないでしょ」


「いやいや、ほんとだって」


「え〜?偉二さんが?」


でも確かに、偉二さんは俺には優しいけど、他の人には冷たく接する。付き合い始めてから、他の人にも優しくなってきたけど。


「ほんとだよ。マジでイライラしたわ」


そう言いながら優樹は再び始業準備を始める。偉二さんがカフェに来た時、優樹はいつも通り距離を詰めてきた。あんなに怒ってたのに、意外と効いてないのかもしれない。いや、むしろ効いてるからこそ、腹いせに俺に近づいてるのかもしれない。

ところがある日突然、優樹はあまり俺に関わらなくなった。本当に俺のことを諦めたのかもしれない。

それから2週間ほどたった。今日は、偉二さんの家でご飯を食べる日だ。仕事が終わり、外に出ようとドアを開けると、優樹に話しかけられた。


「奏人、おつかれ」


「お疲れ様」


「今からあの人のとこ行くの?」


「うん、そうだけど」


「ちょっと時間くれない?話があって」


優樹にそう言われて俺は開けたドアを閉め、優樹の方に体を向ける。


「話?なに?」


「あの人のことでちょっと」


「偉二さんの?」


「そう。ほら、この前奏人が教えてくれたでしょ?″僕のこと好きになってくれたら嬉しい″って言った後、あくびしてたの」


「あ〜、うん。言ったね」


「今奏人があの人のこと好きなのは、ドルの力のせいなんじゃないかなって思って」


ドルの力のせい。俺も優樹に話した時、そう思ってしまった。でも、それは違ったのだ。だって、偉二さんはその前に、いじめっ子から俺を庇うために力を使っていたから。じゃなきゃ、アイツらが素直に言うことを聞くとは思えない。だから、あれは俺の勝手な思い違いなんだ。


「それは違うよ。実はその前に偉二さんドルの力使っててさ。多分、それの副作用だよ」


俺がそう言うと、優樹は少し怪訝そうな顔をした。


「そうかな?」


「うん、絶対そう」


「違うよ。奏人」


そう言って優樹はこっちにより、耳元で言う。


『奏人があの人のことを好きなのはドルの力のせいだよ。奏人に告白する前にドルの力なんて使ってない』


そう言われた瞬間、俺は自分の気持ちが分からなくなった。俺は本当に偉二さんのことが好きなのだろうか。偉二さんがあの時眠ったのは、俺にドルの力を使ったから。きっと、そうなのだ。


「俺、偉二さんと話さなきゃ」


「うん。それがいいと思うよ。あ、でも...」


1度離れた優樹はもう一度俺の耳元で言う。


『ドルの力を告白前に使ったって言っても、それはただの言い訳だから、信じちゃダメだよ。奏人には何も聞こえない。だって、あの人の言うことは嘘だから』


偉二さんのことを信じてはいけない。俺には何も聞こえない。だって、嘘だから。俺の頭にそう刻まれた。


「...わかった」


「よし、じゃあ、行ってきな」


「...うん」


「お先にっ」


そう言って優樹は外に出ていった。取り残された俺もスーッと深呼吸をして、偉二さんの家に向かった。

偉二さんの家につき、部屋に入ると、料理をしている偉二さんが目に入る。偉二さんは俺に気づき、ニコッと笑う。


「奏人くん、いらっしゃい。もうすぐできるから座って待ってて」


あぁ、やっぱり俺は偉二さんが好きだ。偉二さんに微笑まれると、こっちも笑顔になる。でも、今日はなんだかおかしい。顔は笑顔になったのに、心がまだ暗いままだ。俺は偉二さんと一緒にいるべきなのだろうか。ドルの力で好きになった俺は、本当の恋人と呼べるのだろうか。

俺が立ち尽くしていると、偉二さんがこっちに歩いて来た。


「奏人くん、どうしたの?なんか元気ないね」


「...」


もう、何も分からない。だって、俺は偉二さんのことが大好きなのに。偉二さんのこの声も、ニコッと笑った笑顔も、全部全部大好きなのに。それがドルの力のおかげなんて、信じたくない。

気づけば俺の目には涙が流れていた。


「奏人くん?なんかあったの?泣かないで」


そう言ってから、俺を抱きしめようとする偉二さんを俺は押し返す。


「触らないで!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る