第39話:虐げられた村(2)

 村長が絶望に顔を伏せた、そのときだった。

 家の扉が静かに開いた。

 そこに立っていたのは、マントで顔を隠した1人の若い女だった。


 「……父さん。この人たちは?」


 「リリア! なぜ、こんな時間に……」


 リリアと名乗った女は、村長の娘だった。

 リリアは一行の前に進み出るとマントを取り、その下に隠していた1本の古い剣をテーブルの上に置いた。


 「お願いです、旅の方々。私の兄、マティアスを助け出してください。そして、あのボルグを倒してください。このままでは、私たちは本当に皆殺しにされてしまいます……」


リリアは深く、深く頭を下げた。

 その瞳には、絶望と、怒りの炎が宿っていた。


 「リリア、よせ! この方々を巻き込むわけには……!」


 「でも、父さん! このままじゃ兄さんが!」


 リアンはリリアの瞳を見ていた。

 その姿が、かつて、何もできずにいた自分と重なる。

 そして、彼女の瞳に今の自分たちの姿も垣間見た。


 「……やろう」


 リアンが静かに言った。

 そしてリアンは仲間たちの顔を見渡した。

 そのとき、カイはリアンに珍しく意見した。


 「今ここで消耗するのは危険だ。万が一誰かが欠けたら、それこそアークを止められなくなる可能性がある……助けてあげたい気持ちはあるけど……」


 それはカイにとっても苦渋の判断だった。


 「カイ……。でも、俺はこのまま見過ごせない。俺が教わったのは守るための剣だから……」


 同じエーテ村で育った2人の意見は、どちらも正しい。

 だからこそ、ナラトとメリッサは黙って行く末を見守る。


 「リアンのそういう頑固なところ、本当長老に似てるよな……。わかったよ、やろう」


 カイの言葉を聞いたリアンは力強く頷き、リリアに向き合った。


 「お兄さんを必ず助け出す。そして、その代官をこの村から追い出す。約束するよ」


 その言葉に、リリアの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。


 作戦は、その夜のうちに練られた。

 リリアの情報によると、砦の兵士は全部で20人。

 代官ボルグは砦の最上階にいる。

 問題は、どうやって砦に潜入し、マティアスを救出し、そしてボルグを討つかだ。


 ここで、メリッサの能力が最大限に発揮された。


 メリッサは、砦のなかを見たことがあるリリアから見取り図を受け取ると、その場で完璧な潜入計画を立ててみせた。


 「夜が最も深くなる頃、私とリアンが、砦の裏手から内部に侵入する。私が見張りを無力化し、地下牢への道を確保する。その間に、ナラトとカイは、砦の正門で陽動を仕掛けて兵士たちの注意を惹きつけて」


 「陽動、ね。派手に暴れていいってことか。そいつは性に合ってるぜ!」


 ナラトが拳を鳴らして笑う。


 「リアンは私と一緒に地下牢へ向かい、マティアスを救出する。その後、私たちは砦の最上階を目指し、ボルグを討つ。ナラトとカイは、外の兵士たちを片付けたら砦に突入し、私たちに合流して」


 それは、全員の能力を活かした、大胆な作戦だった。

 決行は2日後の夜と決まった。


 それまで、一行は村長の家から出ないようにした。

 人目につけば騒動になりかねないからだ。


 リリアは、時間を見つけては一行のもとを訪れ、村のことやボルグの特徴を伝えた。

 どうやらボルグはリリアのことを気に入っているようだった。


 「その様子だと、お兄さんはまだ無事だろう。下手なことをすると、あなたを招き入れられなくなるからな」


 メリッサの盗賊の勘を、リリアは嬉しそうに聞いていた。


 そして、運命の夜。


 月も星もない漆黒の闇が、オラース村を包み込んでいた。


 砦の裏手、高い石壁の下に、2つの影が潜んでいた。

 リアンとメリッサだ。

 メリッサは、まるで猫のようにしなやかな動きで、石壁の僅かな突起を利用し、音もなく登っていく。

 リアンも、ナラトとの修行で鍛えた身体能力で必死に続いた。


 砦の内部に侵入すると、メリッサは影から影へと渡り、見張りの兵士を声も上げさせずに次々と無力化していく。

 その動きは、もはや芸術の域に達していた。


 その頃、砦の正門ではナラトとカイが作戦を開始していた。


 「さあ、祭りの時間だぜ!」


 ナラトは、砦の巨大な木の門めがけて、渾身の力で大剣を叩きつけた。

 轟音と共に、門が内側へと吹き飛ぶ。


 「な、何者だ!」


 砦の中から慌てた兵士たちが飛び出してくる。

 その数、十数人。


 「カイ! やれ!」


 「わかっている!荒れ狂う大地よ、欲望のままに全てを飲み込め!クレイ・プリズン!」


 カイは杖を地面に突き立て、魔法を発動した。

 その足元から粘着質の泥が広範囲に広がり、兵士たちの足元を絡め取る。


 「うわっ、なんだこりゃ! 足が抜けねぇ!」


 動きを封じられた兵士たちのなかへ、ナラトが巨大な暴風となって突っ込んでいった。


 「どこ見てやがる!楽しい祭りはこれからだぜ!!」


 ナラトはいつになく生き生きしていた。


 一方、リアンとメリッサはマティアスがいる地下牢へとたどり着いていた。

 牢の中には、1人の男が鎖に繋がれてぐったりとしていた。

 痩せこけてはいるが、その瞳にはまだ闘志の火が消えていない。


 マティアスだった。


 「マティアスさん!」


 「あんたたちは……」


 リアンは剣で鎖を断ち切り、マティアスを解放した。


 「話はあとだ。今はここから脱出しましょう!」


 3人が地下牢から脱出した、そのときだった。

 砦全体に、けたたましい警鐘の音が鳴り響く。


 「気づかれたようだね。リアン、ボルグは最上階だ! 行くよ!」


 リアンとメリッサは、マティアスを連れて砦の階段を駆け上がった。

 途中、何人もの兵士が立ちはだかったが、リアンの剣とメリッサの短剣の前に次々と倒されていく。


 そして、最上階の扉の前へとたどり着く。

 扉の向こうから、重厚な、そして不快な声が聞こえてきた。


 「何をしている!早く不審者を捕えろ!!その場で殺しても構わん!!」


 リアンは全力で扉を蹴破った。


 部屋の中央、豪華な椅子に1人の大男が座っていた。

 全身を分厚い鋼の鎧で固め、その手には巨大な戦斧が握られている。

 その顔には、無数の傷跡と残忍な笑みが浮かんでいた。


 代官ボルグ。


 その全身から放たれる威圧感は、今までリアンが戦ってきたどの敵とも比較にならないほど強大だった。


 「貴様らか。俺の可愛い部下たちをいじめてくれたのは」


 ボルグは、ゆっくりと立ち上がった。


 「いいだろう。貴様らもこの村の連中と同じように死なせてやる!」


 ボルグが戦斧を振りかざす。

 それは、ナラトの比ではない。

 本物の死の匂いを纏った、圧倒的な破壊の化身だった。


 リアンはすぐに剣を構えた。

 この男を倒さなければ、この村に未来はない。

 そして、俺たちの旅もここで終わりだ。

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