第27話:ミレイスの英雄(2)
同じ頃、リアンは城の訓練場で1人、月明かりを浴びながら木剣を振っていた。
ゴーレムとの戦いで見せつけられた自らの無力さ。
ナラトやカイ、メリッサがいなければ、自分は何もできずに叩き潰されていただろう。
その悔しさが、リアンの全身を焦燥感で焼き尽くしていた。
「くそっ……! これじゃだめだ……!」
やみくもに振るう剣は空を切り、リアンの息だけが上がっていく。
その背後に、いつの間にかナラトが立っていた。
「がむしゃらに振るだけじゃ、剣はただの鉄の棒だぜ、リアン」
その声に、リアンはハッとして振り返った。
そして、たまらず叫ぶ。
「ナラト! 俺に、もっと戦い方を教えてくれ! このままじゃ、俺はまたみんなの足手まといになる……! 俺は……守りたいんだ。カイを、メリッサを、ナラトを……今度こそ、俺が!」
それは、助けを求める少年の声ではなかった。
自らの非力さを認め、それでも前に進もうとする戦士の叫びだった。
ナラトは、その真剣な瞳を黙って見つめ、やがてニヤリと口の端を吊り上げた。
「へっ、やっとその目になったか。いいぜ、教えてやる。だが、場合によっちゃ骨の2、3本は覚悟してもらう。それでもいいな?」
「望むところだ!」
リアンの返事に、ナラトは満足そうに頷いた。
この日から、リアンの本当の修行が始まった。
ただ強くなるためのものではない。
仲間を守り抜くための、揺るぎない覚悟をその剣に刻み込むための、試練の始まりだった。
その夜、宿舎の談話室に一行は集まっていた。
カイも治療を終え、久しぶりに全員が顔を合わせる。
祝祭の喧騒が嘘のように、部屋には緊張感が漂っていた。
メリッサが、盗賊ギルドで得た情報を静かに語り始めた。
「黒幕の拠点は、やはり西のブレマダにある可能性が高い。そこには巨大な闇市場が存在する。闇の宝玉の本体も、そこにあるかもしれない」
「ブレマダ……。エルネスト学長もその名には眉をひそめていた。一度足を踏み入れたら、生きては戻れない魔境だと……」
カイが付け加える。
部屋に重い沈黙が落ちた。
ゴーレムとの戦いとはわけが違う。
今度は魔獣だけでなく、悪意に満ちた人間たちが支配する世界に、自ら飛び込んでいかねばならないのだ。
「……行くしかないだろう」
沈黙を破ったのは、リアンだった。
その瞳には、もはや以前のような怯えの色はない。
「そこに闇の宝玉があるなら俺は行くよ」
「へっ、お前がそう言うなら、付き合わないわけにゃいかねぇな。ブレマダの酒がどれだけ不味いか、確かめてやるのも一興だ」
ナラトが、リアンの覚悟を認めてニヤリと笑う。
「私の目的もそこにある。行かないという選択肢はない」
メリッサも、固い決意を瞳に宿らせる。
「もちろん、俺もだ。リアン、君を1人にはさせない」
カイは、自らの左腕を握りしめた。
「それに、ブレマダで闇の宝玉の魔力も探知できるかもしれない。エルネスト学長の教えが、きっと役に立つはずだ」
全員の意志が1つになった。
次の目的地は、ブレマダ。
その名が孕む危険を理解しながらも、退く者はいなかった。
その翌日、出発の準備を整えた一行の元を、イザータが訪れた。
「君たちのブレマダ行きだが、王も承認された。だが、これは当然ミレイスの公式な遠征ではない」
イザータは、机に広げられた地図を指し示しながら、重々しく口を開いた。
「公式には、君たちは『さらなる魔獣討伐の依頼を受けた優秀な傭兵パーティー』として、このミレイスを旅立つことになる。しかし、非公式ながら、国家の最高機密任務として我々は君たちを全面的に支援する。君たちの旅は、もはやこのミレイス一国だけでなく、世界全体の命運を左右するものであると判断したからだ」
イザータは、ずしりと重い金袋と、最新の街道図、そして数枚の羊皮紙を差し出した。
「これは、道中のいくつかの街の領主やギルド長に宛てた、私の親書だ。いざというときに、君たちの助けとなるだろう。装備も、騎士団の武具庫から最高のものを選んでおいた。……これくらいしか、我々にできることはないが」
「……十分すぎるぜ団長さん。あんたのその気持ち、確かに受け取った」
ナラトが、一行を代表して頭を下げた。
リアンは、イザータの目に宿る信頼と期待の重さを感じていた。
自分たちの戦いは、もはや自分たちだけのものではない。
その覚悟が、リアンの背筋を伸ばさせた。
一行の出発は、城の一部の者しか知らない。
当然、派手な見送りもない。
それが、一行の新たな旅の始まりに相応しかった。
ミレイスの西門から、暁の光の中へと踏み出す。
振り返れば、巨大な城壁の上で、イザータが1人、静かに敬礼を送っているのが見えた。
リアンは、西の空を見据える。
その先にあるブレマダを、世界を蝕む闇の根源を。
「行こう、みんな」
その声はもう震えていなかった。
隣には、ナラトが、カイが、メリッサがいる。
そして、はるか上空では、カリオンが見守ってくれている。
リアンは仲間との絆を胸に、次なる戦いの舞台へと力強く一歩を踏み出した。
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