第22話:鋼鉄の胎動(3)

 カイの治療が始まってから、ちょうど15日が過ぎた日の夕刻。

 その知らせは、2つの場所からほぼ同時にもたらされた。


 1つは盗賊ギルドにいたメリッサの元へ。

 血相を変えた情報屋が、ギルドマスターの耳元で囁いた。


 「……出たぜ、お嬢ちゃん。あんたが追ってたブレマダの連中が関係してる話だ。古代兵器のゴーレムが北の街道に突如現れ、こっちを目指してるらしいぜ……」


 これは盗賊ギルドにとっても一大事だ。

 もしかしたらミレイス内に攻めてくる可能性も十分ある。

 というか、ゴーレムの目的はミレイスだろう。


 「……ゴーレム……おそらく、そいつも……」


 メリッサは急いで盗賊ギルドからリアンたちの元へと走り出す。


 そして、もう1つは騎士団長のイザータの元へ。

 騎士団の伝令兵が、息も絶え絶えに駆け込んできた。


 「だ、団長! 北の街道に突如巨人が現れました! 生き残った兵士の報告によりますと、敵は1体……。岩と土でできた化け物だったと!」


 イザータの執務室に、騎士団の幹部たちとリアン一行が集められた。

 部屋には、絶望と焦りが入り混じった重苦しい空気が満ちている。


 「報告の通りだ。敵はおそらく古代の戦闘兵器、ゴーレムだろう。剣はおろか、我が騎士団の魔術師が放った魔法さえも、効かなかったという。そして今も、ミレイスに向かって、ゆっくりと、確実に南下している……」


 イザータの言葉に、騎士団の幹部の1人が声を荒らげた。


 「団長! このような国の一大事に、なぜ傭兵などを同席させるのですか!! しかも、子どもまでいるではないですか!」


 「黙れ!!!」


 温厚なイザータが一喝する。


 「彼らこそ、あの黒狼の群れを壊滅させた英雄だぞ!そして、この事態を打開できる唯一の希望かもしれんのだ」


 その言葉を受け、会議の直前に合流したメリッサが一歩前に出た。


 「団長。私が盗賊ギルドで得た情報によれば、そのゴーレムにはブレマダが関わっている可能性が高いようです。おそらく、ゴーレムの動力源として厄災の欠片を使用している。どんなゴーレムにも、必ずその動きを制御する核(コア)がどこかにあるはずです」


 「核だと? しかし、あの頑丈な体のどこにそれがあるというのだ……」


 騎士たちが絶望的な表情を浮かべるなか、カイが静かに口を開いた。

 左腕の包帯はまだ取れていないが、その瞳には、以前とは比較にならないほどの自信と落ち着きが宿っていた。


 「……私に、考えがあります。どんなに強力なゴーレムでも、その体を動かすために膨大な魔力をどこか一点の中枢に集中させているはずです。それが核なのだとすれば……。私は、エルネスト学長の指導で魔力の流れを感知できるようになりました。もしゴーレムが強大な魔力で動いているのなら、その力の源流……中枢の場所を辿れます」


 カイの言葉に、全員の視線が集まる。

 それに呼応するように、リアンが立ち上がった。


 「核の位置さえわかれば……俺が、それを破壊します! ! 」


 その瞳には、かつての恐怖の色はなかった。

 仲間を守るために、自分の全てを賭けるという、戦士としての覚悟が宿っていた。


 イザータは、カイとリアンの顔を交互に見て、そして、深く頷いた。


 「……わかった。ミレイスの命運、君たちに託す!騎士団の精鋭部隊も援軍として送ろう」


 騎士団との会議の後、一行は自分たちの宿舎で、より具体的な作戦を練っていた。


 「カイの言う通り、核の位置がわかったとしてどうやってゴーレムに近づく? 正面から向かっても一瞬で叩き潰されるぜ」


 ナラトが腕を組み、唸る。


 「いいじゃないか、その作戦。私が奴を撹乱し、カイが核を見つける時間を稼ぐ。今度は絶対に邪魔させない」


 メリッサのその言葉は、前回の戦いの反省だけでなく、カイの知性に対する明確な信頼を示していた。


 「ゴーレムといえども動きの原理は人間と同じ。うまく隙をついて関節部にダメージを与えられれば、一瞬でも動きを止められるかもしれないね」


 「俺が核の位置を特定するまで、少なくとも数分はかかるだろう。ナラトもメリッサと一緒にゴーレムの相手をしてもらえるか?」


 カイの提案に、ナラトもすっかりやる気になっていた。


 「いいだろう!メリッサとならうまいこと隙をつけるかもしれねぇな!」


 「まず、メリッサが正面に立ってゴーレムを誘導する。その隙に、ナラトがゴーレムの関節部を攻撃して動きを鈍らせる。そして、核を見つけたらリアンがゴーレムの核を破壊する」


 「わかった!ゴーレムが来る前にカリオンにも連絡を取ろう!」


 リアンが提案する。


 「あぁ。カリオンには上空からの支援と、いざというときの切り札になってもらう。でも、団長の話では、魔術が効かない可能性もある。カリオンのブレスも通用しないかもしれないな……」


 誰か1人でも欠ければ成り立たない、あまりにも無謀で、唯一の活路だった。

 全員が互いの顔を見渡す。

 そこには、恐怖も、絶望もなかった。

 ただ、仲間への揺るぎない信頼と、自らの役割を全うするという、鋼のような決意だけがあった。


 話がまとまり、一行は城を出発した。

 メリッサが撹乱するなら、障害物が多い場所のほうが有利になる。


 ミレイスを出て数時間、辺りにゴツゴツした岩場が現れた。

 ゴーレムと戦うには都合がいい。

 ミレイスの騎士団からも10名ほど応援が来たので、メリッサと共にゴーレムを撹乱してもらうことにした。


 偵察に出ていた騎士団の男から、ゴーレムが見えたと報告が入る。

 カイは包帯を外し、腕の様子を確認していた。


 「カイ、腕は大丈夫そう?」


 「ダメって言える状況でもないけどな。でも、呪文を使うのには支障はない」


 リアンとカイは短い会話を交わし、自分の立ち位置へと移動する。

 そして、遠くから地響きのような音が聞こえはじめた。


 (もうなにもできなかった私ではない。必ず闇の宝玉の欠片を手に入れてやる)


 メリッサは再び復讐の炎を燃やしていく。

 その様子をナラトは少し離れた場所から見ていた。


 大きな体に目は1つ。

 ゴーレムの体からは黒い蒸気のようなものが立ち上っていた。


 「私が遊んであげるよ、木偶の坊!!」


 メリッサが小剣に手を置く。

 ミレイスの騎士団もそれぞれ武器を構えた。


 (ミレイスの騎士団、それと女……?他にも誰かいそうだな……)


 魔法を使って観察していたアークは、初めて目にする敵に興味津々だった。

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