第20話:鋼鉄の胎動(1)

 カイの治療が始まってから、一行には穏やかな、しかしどこか張り詰めたような空気が流れていた。それは、次なる戦いに備えるための、貴重な期間にもなった。


 城の内にあるだだっ広い訓練場。乾いた土埃が舞うなか、リアンは滝のように流れる汗を拭わず、ただひたすらに木剣を振るっていた。

 ナラトに頭を下げてから10日。

 リアンは、この訓練場で猛特訓に明け暮れていた。


 ガキン!と鈍い音を立てて、リアンの木剣が再び弾き飛ばされる。

 バランスを崩したリアンは、たまらず地面に尻餅をついた。


 「はあっ、はあっ……くそ……」


 「今の突き、悪くはなかった。だがな、リアン。お前の剣はまだ正直すぎる。綺麗すぎるんだ」


 ナラトは木剣を肩に担ぎ、リアンを見下ろした。


 「実戦で綺麗な剣筋なんざ、なにの役にも立たねぇ。剣が綺麗過ぎるから、相手に簡単に読まれちまうんだ!あの気配を消したときの戦い方を思い出せ!」


 リアンは立ち上がって呼吸を整える。そして、一切の思考を止めた。


 (リアンの気配が変わった……)


 ナラトは無意識に木剣を構えていた。

 本能でなにかくると感じとっていたからだ。

 その瞬間、リアンは音もなくナラトへの距離を詰める。


 「ぐあっ……」


 次の瞬間、ナラトの腹にリアンの木剣が突き刺さった。

 その一撃は力を込めてないものの、リアンの瞬発力で威力を高めていた。


 ナラトはたまらずうずくまる。


 (見えなかっただと……この俺が……)


 ナラトの様子を見てリアンが駆け寄る。


 「ナラト大丈夫!?痛かった!?」


 「今のは効いたぜ。やればできるじゃねーか……」


 その夜、稽古で体中が悲鳴を上げるなか、リアンはナラトに連れられて騎士団御用達の酒場に来ていた。

 もちろんリアンが飲むのは水だ。

 筋肉痛でぎこちない動きのリアンを見て、ナラトはエールを豪快に飲み干してから言った。


 「……俺も昔、お前みてぇに非力なガキだった。守るべきもんを守れず、仲間を死なせたこともある……」


 ナラトは、かつて守れなかった仲間の顔を思い出すかのように、一瞬だけ遠い目をした。


 「そいつはな、お人好しで、いつも自分のことより仲間を優先するような奴だった。やたらと薬草に詳しくて、試作品だとか言っては俺たちによく変な味の薬を飲ませてたよ。だが、敵の兵隊に囲まれたとき、そいつは俺を庇って深手を負ったんだ。俺がもっと強ければ、俺がもっとうまく立ち回れていれば、そいつは死なずに済んだだろう。そんとき、骨身に沁みてわかったんだ。本当の強さってのは、敵を何人斬り倒したかじゃねぇ。守りたいもんを、最後まで守り抜ける力のことなんだってな……」


 守るための強さ。


 その言葉が、リアンの胸に深く突き刺さる。

 父アレンもきっと、母リーナと自分を守るために剣を振るっていたのだろう……。


 リアンは、ぬるくなった水を飲み干し、固く拳を握りしめた。

 ただ強くなるのではない。

 カイを、ナラトやメリッサを、そしてカリオンを守りたい。


 その一心で、リアンは翌日もまた、泥だらけになりながらナラトとの稽古を続ける。

 力がなければ素早さで戦う。

 ナラトの教えはリアンの剣から迷いを消し、守るべきもののために振るうという、揺るぎない覚悟を刻み込んでいった。

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