リアンとカリオン:闇の宝玉を継ぐ者たち

湯川恭祥(月・水・金19時公開)

プロローグ

 凍える風が吹きすさぶアズラス山の頂で、巨大な竜のレイラはその夜、己の誇りを賭けて戦っていた。

 その鱗は夜空を写したかのように漆黒で、かつて優しく輝いたはずの瞳は燃えるような紅色に染まっている。


 レイラの目の前に立つのは、剣士のアレンだ。

 ぼろぼろの鎧をまとったアレンの表情は険しく、全身くまなく刻まれた傷口からは絶えず血が滲み、立っているのも不思議なほどだ。


「もうここまでだレイラ!今日こそ……俺の大切な人を奪ったお前を葬ってやる!!」


 アレンはかすれる声を振り絞り、両手で剣を天に振り上げる。

 アレンの剣は普通の剣ではなく、村で代々受け継がれてきた古代遺物『竜殺しの剣』だ。

 その刀身は月光と魔力を浴びて青白く輝いている。

 名前の通り、竜殺しの剣は竜の強大な力を封じ、その存在そのものを脅かす特別な剣だ。


 レイラはアレンの言葉に呼応するように、大きく息を吸い込んだ。

 その心の中には、抑えきれない怒りが渦巻いている。

 レイラは本来、他の竜たちと違って人間との共存を心から望んでいた。


 しかし、ある悲劇が、レイラをこの絶望的な戦いへと追いやった。


 (人間ごときに……この私が……! )


 その悲痛な心の叫びに気づくことなく、アレンは剣を構え直し、最後の力を振り絞ってレイラに向かって切りかかる。

 レイラは傷ついた翼を必死に動かし、一瞬のうちに空中に舞い上がった。

 アレンの剣先が足元の岩に突き刺さると、剣から青い光が走り、辺りが大きく揺れた。


 レイラは憎しみに染まった火炎をアレンに吐いたが、その炎さえも竜殺しの剣は切り裂いてしまう。

 己の力が削がれていくのを感じながらも、レイラは鋭い爪を立てて急降下してくる。

 アレンは紙一重でレイラの突進を交わし、すれ違いざまに、痛みで動きが鈍った翼に剣を振るう。


 (ぐっ……こざかしい……!)


 レイラの怒りは頂点に達していた。

 いや、それは怒りというより、もはやどうしようもない激情だった。

 自分よりも遥かに小さな人間に何度も傷つけられ、誇りも、かつての希望も、全てが踏みにじられていくように感じたからだ。


 激しい戦いが続き、レイラは次第にアレンに追い詰められていく。

 体には新たな傷が増え、自慢の漆黒の翼も痛みから思うように動かせなくなっていた。


 アレンは激しく肩で息をしながら呼吸を整え、剣に自らの血をひとしずく垂らし、何かをささやく。

 その瞬間、剣が一層まばゆく青白い光を放った。

 アレンが最後の一撃を放とうと踏み込もうとした直前、レイラはアレンの血走った目を見据え、まるで呪いのように、あるいは最後の願いのように、低くささやいた。


 (お前の真の敵は私ではない……。本当の脅威は……闇の中に潜んでいる……)


 アレンの動きが一瞬、確かに止まった。

 その言葉が、心の奥底にあるなにかを揺さぶったかのように。

 しかし、アレンはすぐに首を振り、迷いを断ち切るように意識を切り替えてレイラの心臓めがけて剣を突き刺す。

 大きな、そして悲痛な咆哮を上げたレイラはその場で力なく崩れ落ち、その紅い瞳から徐々に光が消えていった。


 アレンはレイラに深々と突き刺さった剣を握りしめたまま、膝から崩れ落ちた。

 重くのしかかる疑念と、決して消えることのない罪悪感を抱え、ただ荒い息を繰り返す。

 そして、アレンは絞り出すように一言だけ呟いた。


 「リアン……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る