5.雨音、車中、そして……囁き
……すごい雨ですわね。
こんなときに限って傘を持っていないなんて……お兄さまったら、おっちょこちょいなんですから。
でも、うふふ……こうして車の中に二人きりで閉じ込められるなんて、滅多にないチャンスですわね。
ワイパーが間に合わないくらいの雨、雷の音、そして……誰にも見られない、この曇ったガラス。世界がふたりのために、外から閉ざされているみたい。素敵。
あら、お兄さま。こんなに狭いのに、どうして距離を取ろうとするのかしら?
逃げ場所なんて、ありませんわよ?
ねぇ、もっとこっちに寄っていらして。
……あ、また心臓が跳ねましたね。真姫の声、鼓膜の奥に響いてますか?
雨の音にかき消されるくらいの小さな囁きで……それでもちゃんと、お兄さまの中に届いているってわかる……嬉しいですわ。
ねぇ、どうして顔を逸らすのですか?
真姫がそんなに怖いのですか?
それとも、あの人のことを思い出してらっしゃる?
いえ……あの方の話は、もうやめましょう。
こんなふうに、車の中で二人きりなのに、心がどこか他所を向いていたら……もったいないですわ。
それに、だって、お兄さま。今、すごく……香しい匂いがいたします。
お兄さまのシャツに染み込んだ匂い……嗅ぎ慣れたはずなのに、今日はどうしてこんなに、甘く感じるのでしょう。
ねぇ、シャツのボタンが外れていますわ……あら、そんなに睨まないで。少し覗けただけですわ。
でも、こうして見つめているだけで、真姫の中にある欲が少しずつ熱を帯びてくるの。
お兄さまは、何とも思わないのですか?
うふふ……焦ってます?
雨が止むまで、あとどれくらいでしょうか。気象予報士がなんと言おうと……真姫、もう少しこのままがいいんです。外の雨音に紛れて、言ってはならないことを言ってしまうかもしれませんね……。お兄さまの耳に、言葉の雨を降らせて……濡れるのは、鼓膜と、心だけ。
お兄さま、いま少し震えました?
冷えてきましたのね……では、もっと近づいた方がよろしいかしら?
ほら、肩が触れ合って……この密着。逃げられませんわよ?
ねえ、お兄さま。
本当に真姫のことを『妹』じゃなくて、『女』として見たこと……一度もありませんの?
家族愛、兄妹愛ではない愛情を……いえ、欲情を感じたこと、ございませんの?
……ああ、また黙ってしまって。
ふふ、わかりやすい人。
真姫は、願ってしまいそうです。
このまま一生、この雨が止まなければいいのにって。
ふたりが閉じ込められた世界に、誰も割り込めないようにって。
お兄さま……真姫がいま泣いていたら、気づいてくれますか?
……ふふ、大丈夫。泣いてなんていませんわ。
まだ、笑っていられます。
……こうして、お兄さまの隣にいられる限りは。
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