第3話 神殿

  自らの背後で巨大な青銅の扉が固く閉じられた時、男は絢爛たる主室の外で自分を待っていた者がいたことを知った。眼前に建ち並ぶ見事な造りの六本の巨柱――神殿の内柱――のうち、左から二番目の辺りだ。南側のそこは外周部を通して陽光がぎりぎり外から射しこんでくる端境のような場所で、ちょうど光と影が微妙な均衡を保ち続けている。むろん時間が経ち太陽の位置が変わればその光景もたちまち変化するのだろうが、今はまさにどちらが侵食せんとしているのか軍配上げられぬ、甲乙つけがたい状況でもあるといえよう。

 さながら光と闇、二つの世界を柱の位置で截然と区切っているがごとくに。


 「――パミラ、か」


 もちろん男はすぐさま冷徹な視線をそちらへ向け、かくて天井いと高き室内、つまりはアーレム市の最奥部たる神殿正面玄関に響いた声はひっそりとかつ重たかった。その声音はまさしく野太く巌の如き剛さ。そう、何といっても茶褐色のジャケットに黒いズボン纏った、身長180エル(センチ)は優に越す厳つい巨漢が放ったものなのだ。

 それまで柱に背中預けぼうと外の光景眺めていた人影、艶やかな姿した女がすかさずこちらを振り向いたのも、ゆえにしごく当然のことだった。


 「おや、意外と早かったね。なら報告も終わったんだろう?」

 「ああ、ホムンクルス相手だがな」

 「シメオン様はお祈りの時間か……。それで、何かあたしらにご指示は?」


 男とは対等の立場なのだろう、かくてパミラと呼ばれた女がいかにも気にしていたかのごとくに気安く訊ねてくる。

 背中まで届く長い銀髪、猫を思わせる吊り上がった赤く大きな瞳、赤い唇、それに白磁のような白い肌……。それは抜群のスタイルまであわせもった、一見すると聖なる領域には不似合いなまでの美女だ。しかもその魅惑的な身体覆うのは胸元が大きく開いた深紅のドレス様の服。スカート丈は短く、腰を留める黒ベルト、膝までの黒ブーツともども妙になまめかしい。

 しかもそんな何かありげな美女が普通の態で見上げるような大男と話しているのだから、これは奇妙と言われれば奇妙な光景でもあろう。

 何より対する男の方も、金の総髪と落ち窪んだ眼窩持った、負けじとなかなか特徴的な外見誇っていたのであるとすれば――。


 「むろん承った。やはり貴種区に現れたボルグのことを気にしておられる」

 「最近はやたら色んな所に出ているからね。まったく何が起きているんだか……」

 「それともう一つ」


 かくて同僚はそんな返答聞いた途端いかにもな訳知り顔表わしたのだが、しかしそれをどう見たか逞しい身体誇る男は余り感情籠もらぬ太い声でさらに付け加えたのだった。


 「そのボルグを追い払った者、すなわち錬金術師を至急探し出せとのことだ」


 ――その感情映さぬ青い瞳に、燃える氷のごとき冷ややかな輝き明々と宿らせて。



 「そうか、やっぱりね。シメオン様は今朝、明らかに貴種区よりエーテルの波動を感じたらしいから。それも相当な力のある」


 一瞬の間の後、男の言を受けて柱から身を離したパミラはうんうんとうなずきながら答えた。それはまさに全てが彼女の予想通りだとでも言いたげな素振りだった。


 「むろんそいつが錬金術師なのは間違いないが、しかし我が教会には属しておらん。その証拠にシメオン様すら知らぬ存在なのだ。で、あるとすれば――」

 「よそ者が紛れこんだってわけ」

 「そうとしか考えられん」


 そしてパミラとは対照的な容貌持つ男もまず間違いないと強く断言する。不動、不屈といった言葉が容易く浮かんでくる、そんな力感満ちた雰囲気が猛々しい。

 その証しに腰に差した長いサーベルの柄へ掛けた左腕は、異様なまでに太くまた重たげでもあったのだから。


 「なるほど懸案は2つ……ボルコフ、それであんたはどうするつもり? どっちも相当面倒そうだけど」

 「俺はまずはボルグの件を当たる。お前の言う通り、特に最近目立って多いからな」

 「ふうん。じゃああたしは件の錬金術師を探すよ。あの霧の中ボルグをエーテルで追い払ったらしいからね。本当どんな奴か楽しみ」


 対して重要な計画さらりと提起しながら妖しげに舌なめずり、かつ赤い瞳より輝かせたパミラ。そうなるとまさしく獲物を狙う猫科の獣以外の何物でもない、といった姿だ。


 「――だが、決して油断だけはするなよ」


 ――加えて必然的に、その慢心で溢れた言ですかさずボルコフと呼ばれた男の、あくまで慎重な態崩さぬ重みある一言招きつつ。


 「あら、ご忠告ありがとう。でもあたしがそんな単純なミス冒すとでも思っているの?」

 「相手はまだ完全に正体不明なんだ。それが少しでも分かるまでは、いくらお前でも慎重に動かねば」

 「もちろん。フフ、慎重に、そしてかつ迅速に。それくらい出来なきゃ、導師アデプトの側近なんてとても務まるはずないわ」

 「……ならばもう余計なことは言うまい」


 むろんだからと言って相手がただ従順に従うはずもなく、返す刀でむしろパミラが自信漲った表情見せていたのは論を待つまでもなかった。その言の通り、やはり荒事巡る腕には相当な自信があるようだ。

 何よりボルコフがもはやこれ以上無駄な口を開こうとしなかったのを見れば、それは余りに明らかというものであろう。


 「お互い健闘を祈ろう」

 「ああ、あんたもね」


 そうして数瞬後彼は代わりにそれが別れの挨拶であったかふいに敬虔な表情取り戻し、加えて任務がためいざ神殿の外へ向かわんとすると、どこまでも厳粛な風でパミラへ最後の一言、静かに告げていたのである。


 「……全ては神の仰せのままに。偉大なる天使が我らを正しき道へと導いて下さる限り」


 ――そう、あくまで教会に心から仕える、神聖にして万能なる正統錬金術師の一人として。

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