※ 第一章 ※
出会い
第3話 淘江馬
いずれは北へと攻め込んで、中華大陸全土の統一とまでいかなくとも、せめて南半分を統治したいとは修国歴代の皇帝の野望だった。しかし、それが逆に周辺諸国の危機感をあおり、無能な皇帝の治世の代に、まるで雑多なものを詰め込み過ぎた革袋の縫い目のように国境線が裂けてしまった。
その後、隣国からの侵略と内政の混乱が度重なり、修国の国土は分裂し縮小し続けた。都は何度も焼け落ち、多くの民もまた霧散し生き残った者たちは南の端へ端へと追いやられた。その結果、いまでは、「修」の名を継ぐ国は南修国のみとなってしまった。
現在の南修国の都は北にある
南修国の南には灼熱の砂漠しかないと思われている。
しかし意外にも、中華大陸の西にそびえる
そこに住む人々は紫の実をたわわに実らせる珍しい果実を栽培し、それを醸した酒は言葉では言い表せないほどに美味だ。また放牧した家畜の毛を紡いで織り出す布は、夏は涼しく冬は温かい。
オアシスに住む肌の色は赤銅色で顔の彫りも深い彼らは、時々思いついたように河南の街にやってきて、持参した果実や酒や布を自分たちの欲しい物に換えていく。
彼らの訪れをただ座って待つよりはと、ラクダを引き連れた隊商を組んで河南から砂漠へと足を踏み出す者もいた。しかしそれは砂漠を縦断する過酷な旅だ。
また行く手を阻むのは厳しい自然だけではない。隊商を狙う盗賊も多い。砂漠の民との交易に成功し盗賊の目も逃れて無事に戻って来れば一攫千金だが、戻って来ない者もまた多くいる。
しかし、砂漠の民がもたらす物で、果実や酒や布を凌ぐ希少で価値のある宝がある。
それは草木も生えない銀狼山脈からときおり見つかる宝玉のたぐいだ。宝玉は地中深く埋まっているが、雪解けの季節になると、流れ落ちる水の力によって切り崩された斜面にまれに姿を現す。
薄桃色に薄青色、ときに向こうが透けてみえる乳白色。石とは思えないそれら宝玉の色と形の美しさは息を吞むほどだ。その中でも、輝くばかりに白い石肌に深紅がマーブル状に混じった
命知らずな砂漠の民が、渇きに耐えて砂漠を越え、吹き曝しの風でさらさらと砂礫が崩れ落ちる銀狼山脈の山肌を危険を承知で登る。そうして見つけられた銀狼石は信じられないほどの高値で売買された。拳ほどの銀狼石一つで、人一人が死ぬまでのんびりと暮らせた。
※ ※ ※
中華大陸は、東は果てのない大海原に、西は万年雪を抱いてそびえ立つ銀狼山脈に、北は人跡未踏の凍てつく氷原に、そして南は灼熱の砂漠に囲まれている。それゆえに、中華大陸は天上界に住む神々が戯れに下界に造った箱庭だという伝承がある。
しかしそのようなことは、冒険などとは縁なくその日の暮しに追われる者、またはその日の暮しが安泰であること以上を望まない者にとっては、どうでもよいことだ。
それはこの物語の主人公・
彼は十八歳となったばかりの若者だが、その若さに似合わず、心の中にぽっかりと空いた虚無を抱え込んでいた。
その虚無は、父は河南の名家当主でありながら母は卑しい奴婢であるという、自分ではいかんともしがたい出自からくるものなのか。それとも持って生まれた性格からくるものなのか。そして、虚無を感じている者は河南の街では自分一人なのか。
常に知りたいと、彼は願ってきた。
しかし、誰かに「自分の心に空いた穴とは何か?」と訊ねれば、「その若さで、くだらぬことを考えるな。生きていることを、楽しめ」と一笑に付されるだけだろう。
そのために淘江馬の虚無にとらわれた無意味な日々は繰り返され、もどかしく過ぎていった。
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