【設計図 No.17】どうして


通学路を歩くつぐみの腰は、ひどく重かった。昨夜のことが忘れられない。お母さんからの1時間にもわたる説教で、普段より3時間も遅く寝たため、寝不足気味だ。幸い、今朝には機嫌が戻ったのか、いつもの無口でポーカーフェイスを崩さないお母さんに戻っていたが、つぐみの腰が重い理由はそれだけではない。


昨夜、同時に起きた「事件」。まひると京子からの鬼のような連絡だ。緊急依頼で連絡アプリに1報入れるのを忘れ、何時間も返信しなかったのがまずかった。まひるからはスタンプの連打の嵐、京子からはたった一言に強力な圧力を込めたメッセージが送られてきた。


できれば通学路では遭遇したくない。教室でならじゃれ合いの一環で済まされるが、以前も同じようなことがあった。体調を崩して丸一日休んだ翌日、登校中に大声で詰められ、周囲からは「カツアゲか?」と勘違いされるほどだった。


「……もうちょっとで学校に着く」


重い足取りを限界まで早く動かし、校門まで数十メートルというところまで来た。シンクにこびりついた油汚れを綺麗にしたような清々しい感覚を、もう少しで味わえる。

そんな時、つぐみは察した。冒険者として人外を相手に戦闘を重ねてきたからこそ感じられる、ただならぬ気配。──脇道からカツカツとローファーを鳴らすまひると京子。黒い炎を滾らせながら、二人が現れる。

……無事では済まないな。これ。


有無を言わさぬ表情で佇む二人に、つぐみは全力ダッシュで近づき、二人の口を抑えた。


「教室で話そう!ね!」


二人はこくりと頷き、ゆっくりとした足取りで先頭を歩く。黒炎の炎に照らされているからか、それとも今日の太陽が煌めいているからか。つぐみは、腹を括り教室へと向かった。


******


「──だから、無茶しちゃいけないんだって!」


「あなたはすぐ突っ走る癖があるから──」


二人の説教が教室にこだまし、クラスメイトの視線が突き刺さる。つぐみは説教が右から左へ流れていくのを感じていた。寝不足に加え、二人の説教を30分も聞かされたら、さすがに限界が来る。二人はそんなつぐみにお構いなしに、ダンジョンの危険性や連絡の重要性を語り続ける。二人も冒険者なのに、ダンジョンが危険とはいかに。こころも同じようなことを言っていたけれど──まさか、自分への信用が薄いのだろうか?


そんなことを考えていると、ある人物が目の前に現れた。


「……もう席に座ったらどう?正直、うるさいんだけど」


──平塚 舞。

自席で本を読んでいた、秀才と名高い彼女。知的な頭脳と圧倒的な戦闘能力に加え、容姿も完璧で文句のつけようがない。最近ではテレビにも出演し、読書モデルの道にも手を出し始めた。

……私はこいつが嫌いだ。変に私を目の敵にしてくる。今日も例外ではないようだ。


「舞さ~あ。そのピリピリした性格直せない?相手に悪い印象与えるだけだよ?」


「同じく。その性格はあまり褒められたものではないわ」


つぐみに説教をしていたまひると京子が、舞に口を挟む。舞の性格に難があることを指摘し、つぐみへのヘイトを自身に向けさせるようだ。


「別に、正しいことをしてるだけよ。もうすぐ鐘が鳴るのに着席していないあなたたちに問題がある。それに、私は以前からこんな性格よ。今更指摘してくるなんて、遅すぎるんじゃない?」


まひると京子は顔を険しくして、大人しく自席へと戻っていく。それでも、舞はつぐみの席の前に仁王立ちした。


「ねぇ、そんなこと言っといて、自分が座っていないのはどうなのさ」


「関係ないわ。それよりもあなたに言いたいことがあるの。……いや、やっぱり放課後にするわ」


「なんなんだよ……」


本当に理解ができない。つぐみはそう感じていた。舞の行動には、たまに不自然な点がある。彼女のことが特段嫌いだからこそ、その違和感に気づく。そんなことを考えていると、鐘が鳴り、担任が教室に入ってきた。──少し重苦しい雰囲気で学校が始まった。


*****


頭が重い。目の前が真っ暗だ。

……誰かの声がする。私を呼んでいるようだ。


「起きろ、綾瀬」


「──んぁ」


目を開けると、緑の黒板に白い文字で英文が書かれている。周りではクラスメイトが面白おかしく笑い、つぐみの起床を待っていた。……授業中に寝てた。そう理解するのに少々時間を要した。


「じゃあ、綾瀬。この英文を解け」


黒板には一つの問題が書かれている。


英語で答えよ

もし彼女がもう少し努力していたら、その試験に合格していただろう。


つぐみはすぐに問題を読み、一瞬で解く。


「If she had worked a little harder, she would have passed the exam.」


「はぁ……正解」


クラスメイトからは尊敬の眼差しで見られているのが、少し気持ちよかった。


それからはつぐみの目が完全に覚め、居眠りすることなく無事に4時間目の授業が終了した。普段から仲の良いまひると京子と弁当を食べるため、学校の大広間にあるベンチへと向かう。ステンドグラスが太陽光を反射しているためか、特徴的な美しさにつぐみは目を奪われながら、弁当を広げ、楽しく会話をした。


「いや〜。それにしても、つぐみってやっぱ天才だね!難しいって先生言ってたのに数秒で解いちゃうじゃん!」


「英語は結構得意な方なだけだよ。たまたま解けただけ」


「本当かしら?舞と学年順位を競えるんだから、自信を持ってもいいんじゃない?」


京子の言葉で、つぐみは思い出す。舞が放課後に何かを伝えに来る。──少し億劫だ。彼女よりもテストでの総合順位は高い。そのことが気に入らないのか、嫌がらせまがいのことをしてくる。

……何か大切なことを忘れてる気がするけど。


「つぐみ〜、このおかず交換しよ〜」


「ずるいわ!私のも交換してくれない?」


「分かったよ」


そんなこんなで昼食を終え、あっという間に授業が終わり、問題の放課後になった。舞は学校のマドンナとして、あらゆる学年からアプローチをかけられている。……モテるってのも考えものかもな。


*****


数分後、舞は生徒たちを帰らせ、教室で二人きりの空間を作った。彼女の呼吸音が耳に触る。普段は気にすらしないのに、すごく気になってしまう。

……私は、こういうシチュに弱いかも。


そう思った頃には、舞がすぐ近くまで来ていた。思わず、後ろへ下がる。──舞は俯いた。


「つぐみ、冒険者になったって聞いたんだけど」


……なんでバレてるの?

すっと出てきた言葉がそれだった。学校で冒険者のことは言いふらしていない。その事を知っているのは、まひると京子のみ。今朝の会話も、極力冒険者の話はせず、つぐみの私生活の説教をされていた。ダンジョンの話も、最近の緊急依頼のテレビの内容で誤魔化しながら話していたため、バレる原因がなかった。


「なんで知ってるの」


「そんなのはどうだっていいの。私言ったわよね?''スキルを使うな''って。どうして忠告を聞かなかったの」


舞はつぐみの肩に手を置きながら向かい合った。この時のつぐみは、昨日の疲労と寝不足からか、彼女の手を突っぱねて、睨んでいた。──舞は少し悲しそうな顔をしていた。


「あんた、私を縛ってそんなに楽しい?いつもいつも嫌味ばっかで、''中学のこと''は絶対に忘れたとは言わせない。あんたはもう私にかかわらないで」


「それは無理ね。……私はあなたが''嫌い''だから」


「もういい」


つぐみは自席にかけてある通学カバンを肩にかけ、教室のドアを開け、廊下を歩く。まひると京子は多忙なため、既に帰宅している。苛立ちを隠せないまま、つぐみは帰路へと向かった。


あいつとはもう分かり合えない。


──教室内。

「……また、失敗ね」


舞はつぐみの机に手をかける。先ほどのつぐみの言葉を思い返す。


(''中学のこと''忘れたとは言わせない)


……当然だ。つぐみにとって一生ものの傷を負わせてしまった。どれだけ罪を償っても償いきれないほどの。それでも、私にはやらなければいけないことがあ

る。

あの子とは、もう一生分かり合えない。


頭の中で、反芻するように呟く。一人残された教室で、静かに涙を落とし始める。

着崩れた制服の下から見えていたのは、煌びやかに輝く紫色のひび割れのような肌だった。

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