第25話 急な、呼び出し

 スマホと財布だけ握りしめ、靴もちゃんと履かずに踵を踏んだまま家を飛び出した。


 駅に向かう途中で偶然通りかかったタクシーを呼び止めて、目的地を伝える。


 俺は靴をきちんと履き直し、息を整えながら、早く目的地に着いてくれと考えていた。


 発端は、何気ない夕暮れ時。


 今日は遅くなると言っていたので、そろそろ駅に着く時間の連絡が来るころかと待ってると、珍しくメッセージではなく電話の着信があった。


『山田碧さんですか? 実は来栖澪さんがトラブルに巻き込まれまして——』


 心臓が跳ねて嫌な汗が吹き出たような気がした。


 警察からの電話。


 来栖さんはトラブルに巻き込まれて事情聴取を受けているらしい。そして、未成年のため保護者に迎えに来てほしいという連絡であった。


「すぐに行きます!」


 俺は電話を切った後家を飛び出し、今に至るというわけだ。


 タクシーの後部座席で、今日は赤信号がやけに長く感じる。


 防犯のために、色々と準備している間の出来事。


 どうしたらよかったのか分からずに、普段した事がない貧乏ゆすりをしている自分がいた。


「ここで、良いですか? それじゃ——」


「これで、お釣りは要りません!」


 タクシーが警察署に到着すると、お釣りを受け取る時間も惜しく、メーターに表示された金額以上のお札を置いてすぐに降ろしてもらう。


 急いで警察署の受付へと走り、窓口の警察官に案内してもらう。


 特にいつもと変わらない、友達と話す来栖さんを見てフッと力が抜けた。


「来栖さん!」


 俺の呼びかけに、来栖さんが振り向いた。


「山田さん、すいません。来てもらっちゃって」


「そんな事よりも怪我はない? 暴漢に絡まれたって聞いたけど」


 あたふたと体全体を見る俺に、来栖さんは苦笑する。


「大丈夫です。私、元冒険者ですよ?」


 知ってる。俺の命を救ってくれた恩人だから。でも——


「でも、心配しない理由にはならないでしょ?」


 俺の言葉に、来栖さんは一瞬目を大きくした後、なぜか優しく微笑んだ。


「それじゃあ、手を握ってください。私も怖かったので、無事だったことを実感させてください」


 俺は言われるがままに来栖さんの両手を握る。来栖さんの手は冷たくて、気丈に振舞っていても怖かったんだろうというのが伝わってくるような気がした。


「山田さんの手、あったかいですね」


 そう言って笑う来栖さんの表情はいつもと同じで、改めて強い子だなと思う。


 しばらくすると、俺も落ち着いてきて、来栖さんの手を握るこの状況が急に恥ずかしくなってくる。それに、今更これはセクハラではないか? という不安も押し寄せてきた。


「そ、そろそろ大丈夫かな?」


「そうですね。もう大丈夫です……」


 俺がよこしまなことを考えて言葉を詰まらせてしまったからか、妙に気まずい空気が流れる。


 しかし、タイミングよく担当の警察官が声をかけてくれた。


「状況は来栖澪さん達への事情聴取や、110番で繋がりっぱなしだった時の会話の録音から大体把握できています。今回の件で問題になりそうなのは来栖澪さんの過剰防衛ですが、状況証拠もありますし問題ないでしょう」


 警察官の説明では、来栖さんは暴漢を撃退したのだが、最近まで冒険者であったことから過剰防衛と見られる可能性があったそうだ。


 そんなバカなと思ったが、一般人に対してステータスの上がった冒険者の振る舞いは厳しく取り締まられる。


 幸い、相手の男達が成人かつ複数人であったこと。誘拐目的や暴言、そしてそのうちの1人が冒険者を仄めかしていたことで、今回の来栖さんは正当防衛と認められた。


「ちょっと納得はいかないけと、来栖さんが無事でよかった」


「山田さん、さっきからそればっかりですよ」


 胸を撫で下ろす俺を見て、隣の来栖さんがくすりと笑う。


 ホッとして周りを見ると、来栖さんの友達の親もやってきているようだ。

 俺は来栖さんに一言言って、挨拶へ向かった。


 ◇◆


 碧と澪が警察官から説明を受けている頃、ルナ達3人は、離れた場所から澪達を見ていた。


「あれが山田さんか」


「なんか、普通のおっさんだね。澪だったらもっとイケメンゲットでき——」


「バカ! 男は顔だけじゃないんだよ。見なよ、澪の安心した顔」


 ルナの言葉に背後からチョップをかますと、ジュリは澪達を見て微笑んだ。


 さっきまでの澪は気を張っていたのか、表情は強張り、どこか殺気立っていたように思える。


「ルナは反省が足りない。今日のは顔だけで中身を見なかったから起こったこと」


「確かに、そうだよね……」


 ノアに厳しく言われて、ルナはガックリと肩を落とした。


「でもま、確かにイケメンなだけじゃあの表情はできないよね。はぁ、私もそんな大人の恋ができるかなあ?」


 ルナの切り替えは早く、2人を見てため息を吐く。これまでの自分は、彼氏をファッションの一部のように思っていた。

 でも、今の澪の顔を見ると、山田さんは好みではないのに羨ましいと思う自分がいる。


「すぐには無理。だからルナは私と一緒に食べ歩き」


 ノアがそう言ってルナの肩をぽんと叩く。


「そういう事じゃないんだけどな」


 ノアの励まし? に、ルナは苦笑したのであった。


 ◇◆


「この度は、ルナを守って頂いてありがとうございました」


「いえ、それは私ではなくあの子へ言ってあげてください。娘さん達を守ったのは彼女ですから」


 来栖さんの友達の親が頭を下げるのを苦笑しながら俺はそう言った。

 保護者だからお礼を言われたのだろうが、それは間違っていると思う。


「そうですね。妹さんには本当に助けられました」


「あ、私は兄ではなくて、保護者代行なんですよ」


 誤解を解こうと発した俺の言葉に、親御さん達は首をかしげた。


 俺は来栖さんのお母さんが入院中で、その間の保護者を任されていることを説明する。


「そうでしたか。事情は複雑そうですが来栖さんにはお礼をしないと。相手はペーパーブレイバーだったと聞きました。来栖さんがいなければどうなっていたことか。娘達も少し冒険者をさせた方がいいのかと斉藤さん、木下さんと話していたんですよ」


 来栖さんの話で名前だけ知っているだけだったが、芦田あしだ瑠那るな齋藤さいとう珠理奈じゅりな木下きのした乃亜のあだそうだ。


「それはやめた方がいいと思います」


 芦田さん達の相談に、俺は口を挟んだ。


「冒険者は命の危険がある職業です。どうしてもの事情がなければやらない方がいい。私も一度死にかけた事があるんですよ」


 冒険者は高校生から免許が取得できるのでバイト感覚で取る人も多い。

 身分証明書にもなるし、運転免許証感覚。実際、俺もそのくらいの考えで手を出したのだ。


 しかし、ダンジョンは非日常的な危険がある。ペーパーブレイバーが多いのはそうした理由もあるのだろう。


 俺は自分が魔物の大群に襲われて死にそうになった時の恐怖を親御さんに聞かせた。


「それは、やめておいた方が良さそうですね」


 話を聞いて、芦田さん達は考えを改めたようだった。


 警察での話も終わり、俺と来栖さんは並んで家まで帰る。


「今日の事もあるし、早めに引越ししよっか。でもそれだけじゃ足りないよね、防犯ブザーとかカバンにつける?」


 俺の言葉を聞いて、来栖さんは苦笑した。


「それは、小学生じゃないんですから。大丈夫です。今日の人達は逮捕されたし、滅多に起こらないことですよあんなの」


「まあ、普通はそうだけどさ」


 防犯意識も行き過ぎると何もできなくなってしまう。


「大丈夫。私はちゃんと山田さんの元に帰ってくるからさ」


 来栖さんの言い方に、俺は苦笑してしまう。その言い方はなんというか……


「ほら、早く帰ろ! お腹減りましたよね。手早くご飯作りますよー!」


 走り出した来栖さんを俺は急いで追いかけるのであった。




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