#21 崩落した回転都市に関するエスキス

国民性は却ってのんびりしていたという。そこで暮らす人びとにとって効率的な移動とは、速さよりもむしろ待つことであったから。車輪付きの乗り物よりも、彼らは都市それ自体を車輪にすることを選んだのだ。リング状に層なる都市の輪っかの数は最盛期にゆうに100を越えていた。どの輪の幅もメートル法の換算で厳密に6.44キロメートル。回転の軸であり、また政治の枢軸でもあった中央タワーから同心円状に広がっていく輪は、その一つひとつが行政区としての特色をもち、また独自の速度をもっていた。たとえば、第7区はサーカス団ひしめく曲芸師たちの町で、時速3.6キロメートル。第21区はあらゆる文書をアーカイヴする司書たちの町で、時速11.45キロ。第35区は飛行機エンジンを開発する技術者たちの町で、時速27.12キロメートル。第49区は人よりも牛の数のほうが多い酪農家たちの町で、時速35.02キロメートル……。この速度の差こそ回転都市の肝となる。天文、物理、数学を究めた中央タワーのエリート役人たちによって計算し尽くされたリング毎の速度のズレが都市固有の交通システムを可能にしていた。同時代の列強諸国はイモの根のように鉄道網を敷いたが、回転都市はレールを美しい斜線で引くだけでよかった。必ず最短距離で、そして最小限の数で。黙って待っていれば目的地のほうから近づいてくるからだ。学校が、病院が、賭場が、郵便局が、巡り巡ってやってくる。その回転に合わせて人びとの生活も回っていた。それは効率を追求した形態の一つの結論ではあったが、実際のところ、当世の人たちにとって必ずしも便利ではなかったらしい。確かに、機構は複雑すぎた。速度がバラバラであるだけでなく、区によっては逆回転もする都市全体のダイアグラムは煩瑣を窮めていた。人びとが時計の代わりに都市計と呼ばれる区ごとの回転差をはかる道具を持ち歩かなければならないほど。それでも、誰ものんびりとした国民性であったから苦ではなかったらしい。彼らにとって待つことは美徳であり、機転が利くとは都市と共に回ることだった。回転を受け容れ、むしろ社会はうまく回っていたようである。だからその都市の崩壊は何世紀も繁栄した後になってのこと、人びとの生活が何十万回転も、何百万回転もした後のこと。国家の発展に応じて外周につどリングを巻き続けた回転都市は、第147区に至ってついに新たな局面に入った。国土の問題から、これ以上きれいな正円のリングが作れない。また国民の不満から、これ以上むずかしいダイアグラムに出来ない。70層を越えた辺りから、効率を目指したはずの都市構造はしだいに非効率さのほうが目立つようになっていた。この困難に中央タワーの役人たちがどう応じたか。世論がリング削減派とスピード超過派に分かれる中、そこにきて革命的、しかし無謀な策。役人たちは回転の軸を増やす方向へ、すなわち新たな都市群を天空で回転させる構想を打ち出したのである。当初それは300年にも渡る事業と言われた。完成すればまるで歯車の噛み合うように緻密に、旧都上空で新たな三つの回転都市が天体に代わって運行しているはずだった。完璧だと思われた計算の間違いは一つ。都市が回転のたび重くなっていくことを、為政者たちの誰も知らなかったのである。

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