#16 晴れのち犬

チワワかな? いや、スピッツだよ。あの形はポメラニアンだって。ある日、空に現れた子犬の雲は、ごく緩慢に、しかしまるで生きているかのように自由に駆け回った。初めはみんな大歓迎。眺めているだけでも愛らしく、インスタにあげれば大人気、テレビでも特集されるほど。市まち主催で名付けのコンクールまで開かれ、正式に名前まで決まった。いつまでも居てほしい。そんな町じゅうの願いを聞いているみたいに、子犬の雲は同じ空から離れない。が、だんだん雲行きが怪しくなってきたのは何か月か経った頃。なんかデカくなってね? 他の雲を食べていることは既に知られていたものの、こんなに育つとは誰も思っていなかった。空にポツンと浮いていた子犬は、いまやどんよりと町一帯に覆いかぶさる超大型に。犬の下では洗濯物は乾かないし、町は夜みたく暗くなる。さらに、走れば風に、ヨダレとおしっこは雨に。もともと温和おとなしい犬だったが、時おり吠えるとゴロゴロと雷まで鳴った。可愛かった子犬はとうとう邪魔ものになった。追い出せ追い出せと排斥運動まで起きたが、何しろ大きすぎて手のうちようがない。町の人たちは軒先にてるてる坊主を吊るし、花火を打ち上げ、犬の嫌うにおいを焚いたりした。もちろん効果なし。ミサイルを撃ちこめという物騒な意見まで出たが、さすがに軍隊は動かなかった。どこかから来た犬だ、どこかに行ってもらおう。というわけで、ギネス記録になりそうな巨大なまんまるい気球が用意された。巨大なしっぽが轟々と揺れる。子犬はまだ町の人たちから自分が好かれていると思っていて、遊んで貰えると勘違いしたらしい。作戦はみごと成功。気球のボールを追いかけて、子犬はずっとずっと遠くの海のほうへと駆けていった。そして、雲一つない青空だ。やっと気分が晴れたよ。でも、いなくなると少し寂しいね。バカ言え、あんな犬コロより台風のほうがマシさ。そんなふうに束の間、人びとは晴れ晴れした空を楽しんだのである。

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