第7話 悪役転生したけど、金と権力を使う

「アー君、準備はいいかしら?」

「うん……できたけど……」


 俺は最初から準備できていたつもりだったんだけどなぁ。


 今日は母さんたちと孤児院に出かける日だ。


 白シャツにベスト、黒いズボンのいつもの服装で出ようとしたけれど……母さんの顔は、何かを考えているようであった。


 今はというと、母さんの指示で簡易なマントを羽織り、深く帽子を被っている。


「うん、これでいいわね〜」


 母さんが満足げに頷く。

 

 対して、俺は疑問である。


 この格好……まるで身を隠すみたいだ。


 公爵家の息子だから、目立たない格好にしないといけないとか?

 いや、でも母さんはマントは羽織っていないし、変装もしていない。

 そのままの姿だ。


 どういうこと??


「アー君はこれぐらいしないとね〜。じゃないと、孤児院中が大騒ぎになっちゃうから〜」


 理由はよく分からないけど……言う通りにしないと連れて行ってもらえなそうなので、ここは大人しく従うことにした。


◆◆


 しばらくして、馬車が止まった。

 降り立った先にあったのは……白い建物。

 

 これが孤児院の建物なのだろう。


 敷地は思ったよりも広く、外観も清潔感がある。

 近くの花壇は色とりどりの花が咲き乱れ、手入れが行き届いている。


 ふと、正面の扉が開き、年配のメイドさんが現れた。


「お待ちしておりました、奥様。お隣の方はもしや……」

「ええ。私の自慢の息子のアー君よ〜」


 母さんが上機嫌に答える。


「初めまして。アークと申します」


 帽子を取って、ハキハキと声を出す。

 ちゃんと挨拶しないとな!


 そんな俺を見て、年配のメイドは頬をほんのり染めながらも口を開いた。


「話には聞いておりましたが……なんとまあ、ご立派になられて……」

「ふふ、アー君はいい子なのよ〜。以前のままだったら、貴女に教育してもらおうと思っていたけどね。貴女の仕事ぶりは素晴らしいもの〜」

「そんな……お褒めに預かり光栄です。ですが、その必要はないようですね」

「ええ」


 2人とも、俺を見て微笑む。

 

 うむ、俺がいい方向に変わっているのを見て満足しているみたいだな!


「さて、アー君。ここがノット家が運営している孤児院よ。今まで隠していたつもりはないの。……でも、昔のアー君は嫌がっていたかもね」

「? 母さん?」

「ううん、なんでもないわ。改めて、伝えるわね」


 母さんは続けた。


 この孤児院には、身寄りのない子供や事情を抱えた子供が集まっている。

 

 そんな子供たちに衣食住を与えているだけではなく、教育指導も行っている。

 大体、2年ほどで社会に出ても生きていけるスキルを叩き込まれるとか。


 そして、ノット家のメイドたちのほとんどが……この孤児院出身だという。


「本当は、孤児院を卒業して行く当てがなかった場合、うちのメイドとして迎えるつもりだったのだけど……いつの間にか皆、うちのメイドになるのが第一志望になってね〜。ふふふっ」


 そう言う母さんは嬉しそうだ。

 

 傍にいたメイドさんたちも大きく頷いている。


 そりゃ、自分たちを保護して良くしてくれた恩人の傍で精一杯働きたいよなぁ。

 

 母さんとメイドさんたちの関係は良好……というより、深い信頼で結ばれているのだと理解した。


 てか、母さん……めちゃくちゃ凄い仕事しているじゃん!?

 まだ仕事の1部だと思うけど……。


 こんないいお母さんがいながら、アークは何故、悪役になってしまったのだろうかぁ。

 

 その後、室内をこっそり見て回る。

 キッチンに、お風呂場に、寝室に……どれも清潔で綺麗だ。

 

 母さんがお金を掛けているのが分かるし、子供たちが大切に使っていることも分かる。

  

 子供たちは今は、1つの場所に集められており、礼儀作法の授業中だとか。

 

 中には、20人ほど子供がいた。

 1番大きい子で俺と同じ年齢ぐらいだな。


 俺は死なないためとか、女遊びのために努力しているけど……。


 この子たちは、今を生きるために努力しているんだよな。


 そう考えたら、俺も頑張らないとって思うし、何か力になってあげたい。


 この孤児院のことをもっと知りたいな。


 そう思って、母さんに詳しい話を聞こうとした……その時だった。


「ようやくアンタがいなくなって清々するわッ!」

「っ!?」


 玄関の方から、女性の甲高い声が聞こえた。

 

 てか、今なんて言って……。


「……。来ましたか」

「……母さん?」


 微笑んでいた母さんの表情が変わった。

 その表情は……昨夜見た、疲れと悲しみが混ざったものと似ていた。


 母さんは玄関の方に向かい、対応をしている。

 

 その様子を、俺は年配のメイドと一緒に物陰から見ていたが……。


「……ッ!」

 

 俺は……絶句した。


 孤児院の子供たちのことはさっき説明をしてもらったとはいえ、それを実際に目の当たりにするのとではまた違っていて……


 その女性の隣には……子供がいた。

 

 髪が長いから、女の子だと思う。

 

 思う、と……断定できないのは、その容姿があまりにも見るに耐えないから。


 長髪は、ボサボサで毛が絡まっている。

 もう何日も風呂に入れていないのだろう。

 痩せ細った身体で見るからに弱々しく、服から伸びる手足も細く、無数の傷があり……。

 

 なのに、隣の女性はといえば、肌色もよく、香水の匂いを纏い、豪華な装飾品を身に付けている。


 この2人……親子じゃないのか?

 なんだ、これは……。


「あの子はなんで…」


 俺の嘆くような呟きに、年配のメイドが察してか、顔を曇らせながら教えてくれた。


 女の子の父親は病で亡くなり、母親も後を追うように命を絶ったという。

 

 それからは母の妹に引き取られたものの、厄介者として扱われ……そこで、彼女の口は止まった。


 内容自体は知っているのだろう。

 けれど、それ以上は伏せる……いや、とても言えたものじゃないのだ。


 目の前の彼女を見れば……分かる。

 

 愛情を注がれていた様子も、幸せそうな様子も、目に光も……ないのだから。


「昨日お話した通り、この子はうちの孤児院で引き取らせていただきますから」


 母さんが淡々と言う。

 

 母さん、昨日もこの女性と会っていたのか。

 もしかして、疲れた顔や悲しい顔をしていたのは……。


「そう。で、お金はいくらもらえるのかしら?」

「……はい?」


 ……は?


 母さんの戸惑いの声と同時に、俺も混乱していた。


 それでも、女性は悪びれた様子もなく、喋る。


「ったく……家庭内調査だなんて面倒なことしやがって……。てか、なんで他人の子供の世話をしていないだけで怒られるのよ。コイツの親はもう死んでるんだから、コイツも価値はないだろ。別に、死んだって悲しむやつなんかいねぇーよ」

「……っ」


 暗く沈んでいた女の子の顔がぴくりと動いた。

 手は震えていて……。


 それを見て……俺の中の何かが、切れた。

 

「大体、アンタたちの方から孤児院で預かるとか提案してきたんでしょ? なら、さっさと金をよこしなさいよ。奴隷として渡す時には買取するでしょ? それとおんなじよ。あと、こっちは2年も無駄に預かっていたんだから、その分も上乗せで……」


 ああ、もういい。

 黙ってほしい。


「――金貨100枚がここにある」


 気づけば、その女性の前に立って金貨の入った革袋を差し出していた。


 女性は突如、現れた俺に困惑した様子だったが……視線は、金貨の入った革袋に釘付けだ。


 1番に目を向けるべきだったのは、隣にいる子なのにな……。


「っ、ふざけるなよっ!」


 俺は勢いよく、金貨の入った革袋を女性の胸めがけて投げつけた。

 

 地面じゃなかったのは、せめてもの冷静さだ。


「は、はぁ!? アンタなにすんのっ!」


 女性は慌てて受け止め、落とすまいと両腕で抱きしめていた。


 もっと近くに、抱きしめてあげる存在がいるだろっ。


「ッ、金が欲しけりゃくれてやる」

  

 俺は帽子を取り……しっかり目を見て言ってやる。


「だが、この子はもうアンタのモノじゃない! アンタにはもう渡さない! この子にはもう2度と、辛い思いはさせないっ」

「っ!」


 女の子の細い手を握り、そっと自分の側へと引き寄せる。


 俺の言葉に女性は何か言い返そうと口を開きかけたが……不意に、目を丸くした。


「アンタ、男なの……」


 ……は? 今そんな話、どうでもいいだろ。


「――みっともないは貴方のようですね。この者をすぐ連れ出しなさい」


 その女性が言い終わる前に、母さんが冷ややかな声で言い放った。


 メイド数人が女性を連れていく。

 途中、何か喚き散らしていたが……もういい。


 もう、いいんだ。

 

「……ごめん母さん。急に出てきてあんなこと言って。それにお小遣いも……」


 あの革袋のお金全部、母さんが働いて稼いだお金なのにな。


「いいのよ。それにママ、すっごくスカッとしたから〜」


 母さんが頭を撫でてくれて、俺はやっと落ち着けた。


 そうして、女の子の方へと視線を向ける。


「大丈夫だからな。これからは幸せになるから」

「……」


 女の子はしばらく唇を震わせていたが……。


「あ、ありがとう……ございます……」

 

 やがて一筋の涙をこぼし、小さく頷いた。


 まさか、これがのちに……俺の女遊びを牽制する2つ目の理由になるとは思いもしなかった。

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