第14話 友愛が夏を冷却する

 一番最初に頭の中に浮かび上がったのは、あかねがわたしのことが好きだという発言だった。まだ信じられないけれど、本心なんだろう。

 形を崩さないように大事に掬い上げて、一言一句そのままに声に出して読み上げてみた。


「私も、ひかりのことがずっと好きだったのに……」


 ベットに腰掛けて、呟く。その下で三角座りをしている茜の頭頂部がぴくりと動く。


 宙に浮かんだ言葉を追うように、天井を見上げる。ふわふわして実感がなくて信じられないけど、震えた茜の声が本当だって叫ぶようにわたしの耳に残っている。


 男の子の話題を提供してきた茜はなんだったのだ。頭がずきっと痛くなったので、考えることを放棄して「いつからわたしのことが好きだったの?」と、声を投げると「にわとり小屋」と、声がふんわり返ってきた。


 にわとり小屋。はい? 言葉のキャッチボールが下手くそとかいう次元ではないのだけれど。異次元からの返答だ。


「えーっと。ごめん。わたしが忘れてた暗号だったりする?」

「やっぱ覚えてないか……」


 わたしは何か大事なことを忘れてしまっているらしい。辛い記憶を封じ込める癖があるからなぁわたし。にわとりにトラウマがあるわけでもないし、小屋にもない。ん、待てよ。校長先生に怒られた記憶が……。


「小学一年生の時に起きたにわとり事件覚えてない? 光が小屋のにわとり全部逃したやつ」

「あーっ! そんなこともあった!」


 霧が晴れるように記憶が蘇る。小学校の中庭にあったにわとり小屋。何匹か飼育されていて、当時のわたしは可哀想だと思ったのだ。こんな狭いところに入れられていたら、空が飛べないじゃないかと小屋の扉を開けて、助け出したのだ。

 開けた瞬間に、どたばたにわとり達が出て行って誇らしい気持ちになったのを覚えている。その後、担任の先生にバレて帰りの会で晒された挙句、校長先生にまで怒られたのだった。怖い思い出だ!


「私は、光が小屋を覗いているところにたまたま通りかかって光に『何してるの?』って話しかけたんだよ。覚えてないでしょ」


 そう言われてはっとする。そういえばわたし、誰かに話しかけられたんだ。髪の短い子だった。ちょうど、今の茜を小さくしたような……。茜じゃん⁉︎


「あの子茜だったの⁉︎」


 びっくりなんだけど……。そうか、クラスが一緒になる前からわたしは茜と出会っていたのか。

 二年生のときに、わたしに話しかけてくれた茜は髪が伸びていたから気づけなかったのか。


「そうだよ。光とクラスが一緒になった時に気づいてもらえなくて、ちょっと悲しかった。だから、覚えてる?って聞けなかった」

「マジか……。超絶愚か者じゃんかわたし」


 にわとり勝手に逃すし、髪型変わっただけで同一人物だって気づけないし、わたしは子供のときから愚か者だったのだ。傷つく!


「あの時の光が私にはすごくかっこよく見えたんだ。私にはない勇気に胸がキュンってした。可愛いし、すごかった。それが私の恋の原点」


 茜がベッドの上のわたしを見つめて、そう言ってくれた。


「……そっか。ありがとう」


 嬉しいのに悲しくて変な気分だ。全部受け止めてあげたいけれど、わたしの心の中にはゆきが居て、……幸せに満ちているのだ。


「やっと伝えられた……。ずーーっと、好きだって言いたかったんだ。彼女が居るのに、ごめん」

「良いよ。……良いの」


 恋愛感情だけじゃなくてかけがえのない親友としても大好きだった。その筈だったのに、なんで壊れちゃったのかな。


「……私さ、光が私のことを好きだってずっと気づいてた。だって光、全然男の子の話しないし、かっこいい男子と席が隣になっても全然喜んでなかったじゃん。だからもしかして女の子の方が好きなのかなって思ったら、気づいちゃったんだ」

「そっ、か。茜は全部わかってたんだ……」


 気づいていたけど、茜は言わなかったんだ。その真実を全部抱え込んで誰にもバレないように一人で隠してくれていたのか。……気づけなくて本当にごめん。


「うん。それで、告白のタイミングがわからなかったから母さんに相談したんだ」


 嫌な予感しかしない。茜のお母さんは厳しそうだからな……。


「そうしたら『茜が大人になった時に後悔するよ』って言われてさ。まだ子供だから異性に興味がないだけだって。それを聞いたら、光もいつか異性を好きになるのかなって思って、告白、できなかったんだ」 


 咄嗟にわたしはベッドから降りて茜を抱きしめた。掛ける言葉が見つからなくて、ぎゅっと茜を抱きしめた。


「ずるいよ……光。これって浮気なんじゃないの」

「浮気かもしれない。でも、抱きしめさせて」


 これ以上踏み込むことはできなくて、でも、茜を愛したくて、頭を撫でて茜を抱きしめる。二人で子供みたいにわんわん泣いて、どうしようもなくて、咽び泣く。

 茜に抱いていた嫉妬が、憎悪が、羨望が溶けてゆく。析出した恋心は小さくなっていた。わたしはその恋心をそっと、心の宝箱に大切にしまった。




「おはよう」


 茜の声で目覚める。いつの間にか眠っていたみたいだ。あれ、わたしベッドの上に居る。茜が運んでくれたのかな。ていうか、わたしの背中に茜がくっついて後ろから抱きしめられているんだけど⁉︎


「ちょっ! 茜っ! 積極的過ぎない⁉︎ わたし彼女いるんだけど⁉︎」

「友情のハグだから良いんだよ。色々あったけど私達親友同士に戻ったでしょ? だから、いままでを取り戻すためにハグしてるんだよ。あー、光。可愛い好き」

「茜が無敵の人になってしまった!」


 わたしは怒るべきなのだろうか。でも、親友だからこのくらいの距離感で良いのか?   


 雪に申し訳ないけれど、この距離感を心地良く感じてしまう。わたしは良い報告として雪に茜との関係を伝えたい。


 友達以上恋人未満。


 雪にとっては悪い報告じゃん!




 

 


 









































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