第7話 きらきらとくらくら
私の髪が、カーテンのように
光ちゃんと友達になったばかりの頃を思い出す。光ちゃんは『みんな』とは少し違っていた。勉強に興味がなくて、周りの目を気にせず好きなことをやって。私が外国人だって全く気づいていなかったし、天才だからといって特別扱いせずに、大嫌いだと言い放った。こんなに面白い子は私の周りにいなかった。光ちゃんとは休日にたくさん外遊びをした。学校の近くの公園でのおにごっこ。虫に刺されたかくれんぼ。高い所を無理やり見つけたたかおに。柔らかいボールでのドッジボール。たくさん体を動かして、遊んで、風に靡く光ちゃんの長い髪に何度恋に落ちたかわからない。最高に楽しい日々だった。
そんな初恋の人とキスをしたのだ。嬉しくて堪らないのだ。女の人にときめいたことはいくつもあったけれどそれは恋とは少し違う。
二人一緒ならどんな逆境にも乗り越えられそうな気がしてならない。もっと光ちゃんを愛したい。でも、そろそろ限界だろうな。本当は後一時間ほど口づけをしたいけれど、そんなことをしたら光ちゃんの魂が抜けてしまう。光ちゃんのペースにも、合わせないとね。恋人繋ぎになっていた両手をゆっくりと離して一旦光ちゃんから離れる。
「うわわ……わぁあ……」
瞳を潤ませた仰向けの光ちゃんがちいさくてかわいい生き物になって、放心状態で天井を見つめている。私も顔が熱い。
「お疲れ様。光ちゃんには少々刺激が強かったかな。まあ、私の愛読書を読んだ光ちゃんだ。もっと激しくても良かったのかもね」
「はぁ……これ以上は魂が抜けるって。長くない? 海外に住んでた人ってみんなこんなに激しいの?」
「ふふっ。それは人によるんじゃないかな」
しばらくはみはみしていただけなのに光ちゃんの息遣いが速くなっている。その姿を見たらもう一度キスしたくなって、光ちゃんの折り曲げた膝にキスを贈ると「ひっ」と声が跳ねて出た。調子に乗った私はもう片方の膝にもキスを贈った。「ひゃわぁ!」と驚いて私を睨みつける。睨みつけた瞳も美しいね。
「この……仕返し!」
「っ!」
光ちゃんが私に飛びかかって頬にちゅっとしてきた。ちゅっとされただけなのに全身がカッと燃え上がる。今なら地球だって持ち上げられそうだ。
「光ちゃん! 好きだ!」
ぎゅっと光ちゃんを抱きしめる。光ちゃんも体温が上がっていて和む。この夜を何千回繰り返しても飽きないだろう。
これが恋の力だ。今の私は光ちゃんしか見えていない。でもその事実に溺れたい。心を、光ちゃんで満たしたい。色情魔に覚醒しそうだった。
「わたしも雪が好き。……ねえ、このままで良いからさ。もっと辛いこと吐き出してよ」
私を抱きしめ返して、耳元でそう囁いてきた。多分私が震えていた原因を知りたくて堪らないんだろうな。気になって仕方なくて辛いなら私も光ちゃんに応えないとね。心配させたくないから黙っておこうかと思っていたけれど、話してみよう。でも、この状態はマズイ。ずっと抱きしめていたら私が色情魔になってしまう。すごく名残惜しいけれど光ちゃんから離れて窓の下の壁際に背中をくっつけて座る。かなり重たい内容だから冷静じゃない頭の方が話しやすい気もしたけれど。
「光ちゃん、私が震えていた原因が知りたいんでしょ」
「別に? 全然? 心配だから話してくれたら嬉しいけれど。もしかしたらわたしが何か手伝えることがあるかもしれないし。めちゃくちゃ深刻でも受け止めるよ。うん。ごめんすごく気になる。無理に私に教えなくても良いけど」
光ちゃんが正座して緊張した顔で私を見つめる。やっぱりすごく気になっていたようだ。光ちゃんが苦しくならないようにコミカルに話さないとね。
「ふふっ。それじゃあクイズにしても良い? かなり重いから」
「わかった。頑張って受け止める」
私の『最初の記憶』を話そう。一番古い記憶だ。
「海外のとある町。ここは日本じゃないところ。あったかいけれどつめたくて、どんどんつめたくなって、うとうとしていたらこえがきこえたよ。やわらかいこえだった。これが私の最初の記憶。さて、どういう状況でしょうか」
「え、わかんない。冷たくなってうとうとって……遭難したってこと? 最初の記憶ってことは……生まれてすぐ?」
すごいな光ちゃん。ほとんど正解だ。やっぱり光ちゃんの地頭は優れているようだ。いつのまにか、わからない言葉を質問してくることが無くなったし、ちゃんと勉強したら学年二位になれる気がする。
「お、正解! クリスマスの夜。私は『雪』に埋もれたコートに包まれて教会の近くで眠っていたところを今の両親が見つけてくれたんだ」
「めちゃくちゃ重い……マジか……だから日本人離れの顔立ちとスタイルなんだ。名前が日本人だから日本で産まれたのかと思ってた……。ていうか雪に埋もれた子だから『
「それは私もそう思う。雪から生まれたから雪なんだって。サンタクロースからの贈り物なんだよって言われて育ったよ。外に捨てるなんてひどいサンタだよね」
私の本当の母親は私を捨てた後に交通事故で亡くなったらしい。一つわかったのは母親も孤児だったこと。亡くなったからもう何も真実はわからないけれど、コートに包んでくれたことは少しの愛だったのかもしれない。
「……震えはそれが原因?」
「まあ、おそらくはそれが根本的な要因だと思うけれど、震えが始まったのは大学を卒業した後なんだ。私は環境に恵まれていた。裕福な家庭で育って、欲しいものは何でも手に入った。おまけに私にはありとあらゆる才能がある。だから記者とか学者とか、頼んでもいないのに家に押しかけてきて大変だったよ。私が天才で美し過ぎたから愚か者に付き纏われることになったんだ。だから私は家に引き篭もった。将来私は何をしたら良いんだろうって。好きなこともわからなくなって大変だったよ」
光ちゃんは時折り頷きながら真剣に聞いてくれた。好き。
「……そんなに大変だったのに外に出れたの?」
「うん。引き篭もっている間はずっとライトノベルを読んでたよ。現実とは違う世界が私に光をくれた。楽しくて明るい世界を見たらね、外に出てみようって思えたんだ。でも、いざ外に出たら五分も立たないうちに震えて動けなくなったよ。タイミングが悪かったんだ。その日はすごく雪が降っていたから、過去のトラウマと結びついてしまったんだろうね」
「じゃあ、その後の雪はどうやって日本に来たの? わたしだったらもう立ち直れないかも」
「ふふっ。一度どん底に落ちたら後は這い上がるだけなんだよ。言ったでしょう? 私にはありとあらゆる才能があるって。だからもう冬が来るのも怖くないよそれに──」
光ちゃんにゆっくり近づく。光ちゃんの目と口元が強張る。正座して太ももに置いた手をそっと持ち上げて手の甲にキスを短く贈った。
「辛いことも愚かで優しい君が受け止めてくれるからね。だから、涙は流さないで」
私ではなくて、光ちゃんの瞳から涙が美しく流れていた。
流星群のように尾を引いて。
私は、星屑を指の腹で払い退けて光ちゃんを抱きしめた。
「今度は光ちゃんの辛いことを全部教えて。私が力になるから」
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